試験が終わった受験生とは良くも悪くも気楽だ。
 私立狙いで試験がこれからの奴らには申し訳ないが、俺達のような国公立は晴れて試験日程は全て消化した。
 学校でも、私立受験組とそれ以外に授業は別れ試験終了組は半分自習半分休憩程度のやる気の無さ。
 それに幾分かヤケクソ気味な感情が混ざっているのもまた事実だ。
 実際万事を尽くして天命を待つ身なのだから仕方ない。
 俺は、同級生達のように遊びまわりこそしなかったが久し振りに道場に顔を出してみたり、伯母さんと春休み期間の旅行の計画を立ててみたりはしていた。

「じゃあ四人で、二部屋で取らなきゃねぇ」

 …………四人…………て…………。
 最後の一人であろう顔を思い浮かべると思わず顔に熱が集まる。ところでそれ、部屋割りどうするつもりなんですか?

 最も俺達は気楽な身とはいえコムイを初めとした先生達はまだまだ肩の荷を下ろす事は出来そうに無い。当たり前だ、まだ試験がある奴等もいるんだからな。
 

 そんな、ある二月半ばの土曜日。


『今から迎えに行く。十五分で着く』


「…………は?」

 メールの着信を告げるアラーム音に起こされた俺は唐突に送られてきたメールに瞠目した。
 送信者を確認する。…………クロス、だよな…………。

 今から、と言われて時計を確認する。現在九時――――――俺はまだ起きたばかりだ!

「!」

 慌ててベッドから飛び降りて、洗面台に向かって走る。ったく、いつもいつも唐突な奴だな!!
 顔を洗い、髪を梳かし、掛けておいてあった制服に着替えてギリギリ十五分。
 時間きっかりに家のチャイムが鳴らされた。

「わ、わ、ちょっと待て!」

 適当に財布携帯その他を慌しくバッグに放り込み階下に向かって走り出す。

「あら、ユウ。今起こしに行こうと思ったのよ。…………あらこの子ったら、折角の婚約者とのデートvなのにどうして制服なのかしら」

 クロスとにこやかに何やら話していた伯母さんは笑顔で振り向いて言った。
 …………服は一番手近にあったからだ。ところで二人の話の内容は世間話だと思いたい。

「行ってらっしゃい。…………そういえば先生、ちゃんと今日中に返してくださるんですよね?」
「ええ、勿論」

 …………。
 もういい何か思ったら負けだ負け。

 俺は伯母さんの手によりクロスに引き渡され、行き先も知らぬまま奴の車に載せられた。









「…………何処行くんだよ?」

 最早諦めに近い。
 まな板の上の鯉もこんな気分か?

「…………」

 クロスは俺をちら、と見てから鼻で笑った。…………なんで笑うんだ。
 車は、方向で言えば俺の志望大学の方、ただし大学を越えて進んでいく。
 そして大通りから一本外れ、見慣れぬ住宅街へと入っていった。何処だ此処。

 目を瞬かせていると、車はやがてあるマンションの地下駐車場に入っていく。
 その一角に慣れた手つきで車を止めると、クロスが促してきた。

「おい、降りろ」
「…………」

 ドアを壁でこすらないように注意を払いながら降りる。
 そして先を行くクロスの後について、隅にあったエレベーターに乗った。

「…………此処、」

 あれ、何だかすげぇ嫌な予感がしてきたぞ。
 固唾を飲みつつ奴に連れられて着いた先はある意味予想通りだった。

「…………チッ、まだ帰ってねぇのか」

 中から舌打ちと文句が聞こえる。
 先にドアの中に入り込んだクロスは、中に入らず立ち尽くす俺に指先で来い、と示した。
 …………仕方なく、大人しく入る事にする。
 玄関に出ている服やコート。そのいずれもが見覚えがある物で思わず眩暈がした。
 …………これって、あれだろ…………? 相手の家に行って挨拶する奴…………。

 …………先に言えよ! そんな気構えゼロだよこっちは!!
 しかもこんな格好で来ちまったじゃねぇか! これじゃあクロスにわざと着させられてるみたいだろ! こいつ変態扱いされるぞ!




 …………あ、よく考えたらこいつ変態だった。やっぱりいいや。




 恐る恐る、家の中へ。
 男の部屋にしては小奇麗な感じだった。奴の家の事なんて考えた事もなかったが、お世辞にも綺麗とはいえなかった研究室(科学研究室は本当に酷い。コムイといい、あいつといい)を見るにもっと、こう…………酷い感じなのかと思ってた。
 
「そんなにおっかなびっくりで着いて来るな。何も出てきやしねぇ」

 躊躇いと戸惑いの気持ちに気付かれたのか、戻ってきたクロスが溜息がちにそう言う。
 
「あっちで待ってろ。好きにしてていい」

 指差された方のドアを開けると、其処はそこそこ広いリビングだった。
 テレビの前にソファーセットが一つ。テーブルの下にはふかふかしてる白いマットみたいなのが敷いてある。
 その質感に心惹かれ、ソファーではなく床に、そのマットの上に直接座った。膝下に直に触れる感触は思ったとおりふかふかで気持ちいい。
 
『…………が、…………だと、…………、』
「…………?」

 誰と話してるんだ…………?

 外からはクロスの声が聞こえるが、クロスの声しか聞こえない。
 …………電話か。

 やがて声は途切れた。
 
「…………」

 手持ち無沙汰になり、再び辺りを見回す。
 適当に置いてあった雑誌を捲ったが…………日本語じゃなかった。英語だ。しかもグラフやデータが一杯載っている。…………学術誌か?
 
「…………ん?」

 リビングの隅には鞄とコートが置いてあった。
 だがそれは俺がついさっき玄関で見たような、見覚えのある物じゃない。
 というか系統が全然違う。ファッションに疎い俺ですらそう思うのだから他の奴らがみたらもっと違和感ありだろう。
 その服はどうみたって、クロスよりももっと若い年代の奴が着るもんだ。

「…………、」

 …………誰の?
 …………弟?

 そういえば俺を此処に連れてきた理由が家族と引き合わせる為、ならあいつは此処で家族と暮らしてるって事か…………。
 …………本気でそうならな…………。

「…………」

 膝下のマットに転がってしまいそうな衝動を抑えつつしばらくぼーっとしていると、やがて玄関のほうから慌しい物音がした。

「、」

 誰か家人が帰ってきたらしい。
 思わずピッ、と背筋を伸ばした。



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