朝。俺が下に降りていくと、伯母さんは笑顔で、そして無慈悲にも二階を指さした。

「着替えてらっしゃい、ユウ。それは相応しくないわ」
「…………はい」

 因みにこれを言われるのは二度目だ。一度目は五分前だった。
 一度目の時、俺は制服を着ていた。二度目の今はTシャツにジーパン。しかしどちらにしろ伯母さんに却下されている。
 それらは「婚約者に会うには相応しくない格好」らしい。んな事知らん。

「それじゃなくて…………去年買ってあげたワンピースがあるでしょう?」
「…………」

 伯母さんが去年のクリスマスに買ってくれたワンピースはしかし俺の趣味ではなく、タンスの一番上の一番奥に仕舞われている。どうにもワンピースというものは好きになれないし(動きづらい)、着た事がない。
 しかし笑顔の伯母さんにそれを伝える勇気は俺にはない。
 俺は了解の証に一つ頷いて、大人しく二階に引き返した。





 七時きっかりに家の呼び鈴が鳴った。

「行くわよ、ユウ」

 …………伯母さんも行くんですか。
 昨日クロスに「七時に迎えに行く」とは言われていたが、それがそもそも何処へ、何をしに行くのかは聞いていない。

 伯母さんと一緒に玄関に出ると、そこには玄関を塞ぐようにしてクロスの車が鎮座していた。それを見て俺は瞠目する。そこに、所有者以外の奴がいたからだ。しかも良く見たらもう一台、クロスの車よりは小さな車が停まっている。

「アレン?」
「おはようございます。可愛らしいワンピースですね」

 にこやかに笑っているアレンはまるでレストランのウェイターか何かのように車の後部座席のドアを開いた。
 それから伯母さんを見て丁寧に頭を下げる。

「初めまして、お会いするのは初めてですね」
「先生からあなたの事は聞いています。うちの子を宜しくね? お祖母ちゃん、と呼んでもらっても構わないのだけど」
「はは…………は」

 アレンが対応に困ったように、乾いた笑い声を上げた。
 祖母。そうか、確かにアレンは俺の義理の息子になるんだから伯母さんは祖母になるのか。でも幾ら何でも祖母と呼ぶには伯母さんは若く過ぎる。
 俺は伯母さんに先に車に乗ってもらい、その後に入った。アレンはドアを閉めて、それから後ろの車に乗った。あれはアレンの車だったらしい。そういえばクロス達のマンションに行った時、隣に停まっていた車はあれだったような気がする。

「寝坊はしなかったか。関心なことだ」
「そんなに遅くまで遊んでねーよ」
「そうですわ、先生。婚約者がありながら嫁入り直前の娘が午前様などとは流石に許可しません」
「…………」

 早く帰ってきて正解だったな。

「それは何より」
「所で…………何処行くんだ? こんな早くから」

 休日の朝からの外出にしては、早い。
 何処まで連れていくつもりだ?

 伯母さんとクロスは同時に俺を見て、同じことを言った。


「「秘密」」









 車は延々と走り、郊外へ出て、高速に乗り降りし、それから森のような所に着いた。
 結構長く走った気がする。見たら、七時に出たのにもう昼近くだ。
 何処だここ。

 見ると、小さな教会があって、他に西欧風の建物が幾つか。…………あれ、これってまさか。

 クロスの先導で中に入ると、そこにはスタッフが何人かいて笑顔で俺達を出迎えた。
 直ぐ様俺と伯母さんは別の所へ連れていかれる。

「? ??」
「一応、前に来たときに幾つか選んでおいたの。後はあなたが気に入るものにしなさい」
「…………は?」
「ほら、ドレスは選ぶのに時間がかかるから」

 …………ああ、これから俺は着せ替え人形になるのか…………。
 思わず遠い目になった。

 
 
 もうどれでも良くて、そう伝えると伯母さんが笑顔でこれはどうであれはどうで、と一人で大騒ぎを始めた。
 俺は七度着替えさせられて早くも目眩がしている。
 それから昼飯は洋食のコースで、これは式の当日出るものらしい。変更したいものはあるか、と聞かれたが特に無かった。敢えて言うなら和食がいい。でもどうせ通らないだろうから黙っておく。
 午後は今度は白ではなくて色のついたドレスの着せ替え人形になって、俺の忍耐力はゼロどころかマイナスだった。世の女はこれをイベントとして楽しめるというのだから驚きだ。取り敢えず家に帰ったらリナリーにでも連絡してみようとふと思い立つ。
 ドレスが選び終わると会場進行の確認だったが俺はそもそも計画に携わっていないので聞き流した。
 その他に引き出物だのなんだのと延々と続き、ふと窓の外を見ればすっかり暗くなっていた。
 昼飯と同じようにレストランで食事をし、それも済むかという頃に。

「じゃあ、私達は帰るわね」
「はい。…………はい?」

 待ってください、「私達」?

 見るとアレンがさっ、と立ち上がり手荷物を纏めて「バイバイ」と手を降った伯母さんを先導するようにして出て行った。
 その一連の動きは自然で俺が止める間も無かった。
 暫く呆然と伯母さん達が消えたドアの先を見つめる。
 それから、テーブルに残っていたクロスに尋ねた。

「おい」
「何だ?」
「俺達は帰らないのか」

 あの言い方だとまるで俺達は帰らないかのような…………

 俺が言うとクロスは食後のコーヒーを飲みながら何でも無い、それこそ明日の天気予報位の軽さで言った。

「ああ。此処のホテルフロアに一室とってある」
「…………」
「…………」
「…………」

 それは…………。

「まぁ帰りたいというなら無理にとは言わねぇがな」

 う゛…………。
 だってそれ、流石に…………泊まる「だけ」じゃ済まないよな…………。

「…………生徒には手ぇ出さないんじゃなかったのか?」
「昨日あったのは何だ」
「卒業式」
「じゃあもう生徒じゃねぇだろ」
「う゛…………」

 そうか? そういうもんか?

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

 暫くの沈黙の後。俺は答えた。

「…………泊まってく」




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