「…………コムイ」
「ん? 神田君かい?」
五時間目終了後。
俺達三年は常に一時間授業時間が短い。
残りは個人で勉強するなり補修を受けるなり帰るなり好きにしろというシステムだからだ。なので下級生はまだ授業時間である。
帰りのHRを終えた俺は、科学の研究室に向かった。(同じ科学の研究室には奴もいるのだが今奴は一年の授業中である。問題無い)
運良くそこにはコムイの他には、教師も生徒も誰もいない。
コムイはうちの家の隣に住んでいる。
妹のリナリー共々顔見知りで、小さい頃はよく遊んだり、遊んでもらったりしていた。
そんなコムイは今この学校の三年A組の担任である。
余り校内で、生徒と教師という関係を鑑みれば私的な相談もどうなのかと思わなくも無いが…………事情が事情だ。俺の将来の一大事と思えば進路相談とも言えなくも無い。…………と、思う。
「うちのクラスの担任の、クロス…………先生なんだが」
「…………? …………! まっ、まさかクロスにセクハラでもされたのかいっ!?」
突如目の色を変えたコムイに俺は軽く引きつつ、コムイを宥めた。
「い、いやまだそこまでじゃない」
「そ、そう…………心配してたんだよ、君のクラスには女の子は君一人だけだから…………クロスの好みは君らよりは年上だけど」
…………どく、ん。
いや、俺の心臓! 何でそこに反応する!?
「…………セクハラはされてない、んだが」
「ん?」
「…………結婚を申し込まれた…………」
「……………………」
コムイのメガネの奥の瞳が、大きく見開かれた。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「…………どうすればいいと思う?」
「いや、どうするも何も…………っていうかそれって…………」
唖然とした顔で、コムイは二の句が継げないと言った感じだ。
「まず、神田君はどうなの?」
「――――――え?」
「神田君は、どうなんだい? クロスに結婚を申し込まれて、嫌だった?」
「…………え?」
突然、思いも寄らぬ事を訊かれて俺はフリーズした。
嫌、だった?
「嫌に決まってるだろ。だって、そんなの、どうせ嘘――――――」
「もし嘘じゃなかったら?」
「え」
「嘘じゃなくて、クロスが本気だったら――――――?」
――――――どうせ、冗談なんだろう?
――――――でもどうして冗談なら態々伯母さんの前で言った?
「もしも、本当に本気なら――――――」
「おい、神田!」
「…………?」
コムイの研究室から出て、教室に向かおうとした俺は体育のティキ先生に呼び止められた。先生は焦った様子で俺の肩を掴んで真正面から顔を合わせる。
ティキ先生は女子剣道部の副顧問でもあったので(ついでに俺の得意科目は体育くらいしか無かった事もある)知らない顔ではない。
「お前、クロスと結婚するって本当か!?」
「…………。」
なぜ そんな 話が 出回った?
「お、おいおいおい、あいつはやめとけって! お前達学生に話す内容じゃないけど、あいつの女癖の悪さは天下一品なんだぞ!?」
「…………先生、」
ガシッ
「…………その話、何処で聞きました?」
今度は俺がティキ先生の、俺の肩に置かれた手に自分の手を重ねた――――――と言うよりは、掴んだ。全力で。
「か、神田痛い痛い痛い、お前結構握力あんだからやめてくれ…………」
「何処で、誰が、そんな事を?」
「え?…………本人が職員室で…………」
「あっ…………のクソ野郎――――――!!」
何て事しやがる!!
つか普通学生に手ぇ出したら懲戒免職もんだろ! 何堂々と公表してんだよ!! 教育委員会に訴えるぞあの野郎!
「つーかその様子じゃ、合意の上ですら無い…………?」
「合意する訳ないでしょう、俺は学生でしかも受験生ですよ!?」
「そりゃそうだわな…………つか普通しねぇよな、プロポーズ」
「とりあえずお前は俺の婚約者から手ぇ放せ」
「「うわっ!!」」
突如割り込んできた第三者の声に、俺とティキ先生の声はハモった。
そこにいた奴――――――声で分かった俺のクソ忌々しい担任だ――――――は、俺とティキ先生を無造作に引っぺがす。
「ったく、人のモンに手ぇだすな。そんなに飢えてんのか」
「飢えてねぇし大体女生徒に手ぇ出すあんたの方がヤバいわっ! 昔からフリーダム過ぎなんだよあんたはっ!」
…………昔からって、古い知り合いなのか…………?
「つかあんた授業どうしたよ!? 一、二年はまだ授業時間帯だろ!?」
「アレだアレ。自習だ」
「うぉい! 給料分は働けよっ!! 大体、嫌がってる生徒に強要すなっ!」
言い合いになっているティキ先生とクロスを引き気味に見ながら――――――俺は今自分の肩をクロスに抱かれていることに気づいて慌てて距離を取った。
油断も隙も無い!
俺が逃げ…………じゃなくて、戦略的に撤退するとクロスは俺をちら、と見てからニヤリと笑った。
「何が強要だ。保護者の許可まで取ってある」
「保護者の前に俺の許可を取れ――――――!!!」
俺の叫びは、廊下に木霊した…………。