季節は夏。
そして今は夏休み。
只管剣道に打ち込んでいられた去年が懐かしい。道場も休んでいるから俺はすっかり剣道から遠ざかってしまった。
今俺は、伯母さんに薦められて予備校に通っている。
「ユウの夢があの学校なら、私達は精一杯応援するわよ?」
…………安くない学費。
一日にいくつ授業をとっても変わらないシステム。
…………とくれば、朝から晩まで入れるに決まっている。
朝九時に始まり、夜の九時まで予備校に缶詰。帰ってからは宿題と予習。
毎日それの繰り返しで、日々があっという間に過ぎていく。一日が二十四時間じゃ全く物足りなく感じる。
疲労に重たい体を引きずりながら帰宅し、
「…………ただいま戻りました…………」
ガチャ。
ドアを開けた瞬間。
俺は無言になった。
男物の靴、の価値なんて知らないが多分絶対高級な、革の大きな靴。
どこぞで見覚えのある…………
「…………」
ダッ
リビングに駆け込むとそこには――――――!
「よう。遅かったじゃねぇか」
「てめぇ何で此処にいやがる――――――!!!」
俺のクソッたれな担任がいやがった!!
コマンド
→たたかう
はなす
せんりゃくてきてったい
一瞬そんな感じの選択肢が目の前に広がった。
アホな幼馴染の影響に違いない。
…………いやそんな事は死ぬほどどうでもいい!
「何でてめぇ俺の茶碗で飯食ってんだよ…………」
…………これもどうでも良い事のような…………
「ユウ、言葉遣い悪いわよ?女の子が飯食ってるは駄目でしょ?」
「…………」
伯母さんにそう窘められ、最早俺は言い返す気力すらなくその場でぐったりして蹲った。
…………貧血か?
「しかしまぁ年頃の娘が勉強の為とはいえこんな時間に一人で帰ってくるのは感心せんぞ。最近はこの辺にも変質者出るからな」
「たった今俺の前にもいるがな。紅い頭の変質者が」
「ほほう何処にだ? 俺には見えんがな」
勉強のしすぎで幻覚でも見えてんじゃねぇかははは。
続いた奴の台詞に溜息しか出ない。
「伯母さん…………」
「あらだって、帰ってきたら先生がいらしてて、ご飯はまだってお伺いしたんだもの。しょうがないじゃない?」
にこにこと笑顔で続ける伯母さんに俺は言い返す事など出来る訳が無く。
「お客様用のお茶碗用意してあるから、あなたも早く食べちゃいなさい」
「…………はい…………」
自宅のリビングで、紅毛の変質者…………もとい担任教師と顔つき合わせて夕飯。ありえない。
今日は厄日か? 仏滅か?
「今日は大安だぞ」
…………読まれた!?
「まぁその調子なら見回りに来る必要も無かったな」
パサッ
「?」
テーブルの上に何かを置いて、奴は立ち上がった。
「帰るのかよ?」
「俺は忙しいんでな」
とっとと玄関に向かい、途中伯母さんと何か…………多分飯どうもとかそういう感じの…………二、三言話して出て行った。
すぐに車のエンジン音らしい爆音が聞こえ、遠ざかっていく。
…………何処に留めてあったんだ?
「次来るときにはあのエンジン音はやめて下さいってお願いしなきゃねぇ…………」
…………そういう問題ですか?
ふと、奴の去ったテーブルを見ると…………そこにあったのは封筒だった。
「…………?」
気になって、手に取って中を覗いてみた。
「!」
…………それは、俺の志望校の、入試の過去問題集だった。
「あら、ラブレターじゃなかったのね」
「そんな訳ないでしょう…………」
…………あいつ、これ届けに来てたのか…………。
変質者扱いは少し失礼だったかもしれない。
「…………。」
「? 何ですか?」
伯母さんが含み笑いを漏らした。
「いーえ? でも、あんなに格好良い先生が義息子になってくれるなら、アリだわ♪」
「っ…………!」
飲みかけた茶が気管に入った!
熱い!!
なにやらご満悦の伯母さんを視界の隅に、俺は思わず大きく溜息をついた。
メールで入れる、礼の文面を考えながら。