十一月。
就職組の奴らには内定貰って後は遊ぶだけ、と息巻いている奴もいるし、進学組にもぼちぼち推薦なんかで決まってくる奴もいる。
予備校にいた奴らも、段々見なくなってきた。
そんな受験生にとっては追い込みの時期の今、俺は現在連続三日で学校を休んでいる。
「じゃあユウ、行ってくるわね。ご飯冷蔵庫の中に入れておいたから、なるべく食べるようにね?」
「…………はい…………」
…………くそ。
つーか三日目だぞ、いい加減下がれよ熱!
こうして休んでいる間にも他の奴らは勉強しているのかと思うと、気だけが焦る。
だが体はだるく、関節は痛み、とても起きて勉強、なんて気分にはならなかった。
泥の中に沈んでいくような、そんな感覚に身を委ねていたとき。
ピピピピ…………
滅多に鳴らない携帯が、鳴った。
「…………学校…………?」
表示された番号に、だるさを堪えながら通話ボタンを押す。
と、だ。
『仮病は感心せんな』
仮病じゃねぇぇぇぇぇっ!
てめぇ開口一番それかよっ!
叫べるなら叫びたかった。
だがヒリヒリと痛む喉で、んな事出来るわけも無く。
「…………仮病じゃないです」
『だろうな。声で分かる。三日も休んどいて仮病だったら流石の俺でも説教すんぞ』
「…………そうですか」
『…………大丈夫か?』
「…………駄目です」
『そうか』
ぼんやり意識に霞が掛かる。
熱い。
『…………とっととこんなとこからおさらばしたいんだがな。面倒な番犬が見張ってやがる』
…………クロスの後ろから、ティキ先生とコムイの声がする。
耳に携帯を当てたまま部屋の掛け時計を見た。…………昼休みだ。
「…………なぁ、」
『ん?』
「俺…………落ちるかも」
俺はどうやったって推薦は取れない。
自分の希望が高望みだって事は嫌ってくらい言われたし、自分自身知っている。
ライバルは校内にも何人もいて、
そいつらは今机に向かってるのに、
俺は。
…………目の前が、少し歪んだ。
『………………………………』
長い沈黙。
そりゃ呆れるだろうな、自分だって今呆れてる。
こんな事で泣くなんて。
風邪の所為だ、絶対風邪の所為だ。
『………………………………大丈夫だ』
長い長い沈黙の後。
『俺が見込んだ女だ。このくらいどうとでもなる』
「…………」
低い声。
いつも苛立ちばかりかき立てられていたのに、今は何か違う気がする。
何か、俺の知らない、何か。
…………その低い声に、何故か落ち着いて。
いつしか、意識を手放していた。
あいつの、煙草の匂いがした気がした。
翌朝、熱も引いたので俺は実に四日ぶりの学校へと向かった。
伯母さんは大事をとってもう一日休めばどうか、と言ってくれたが受験生の俺にそんな暇は無い。
昨日のおかしな電話のこともある。
奴と顔を合わせる事に気恥ずかしさを感じながら教室に向かった。
席について、朝礼が始まるのを待つ。
予鈴がなり、バラバラと他の奴等も席に着き始めた。
と、だ。
ガラッ
「はーいみんなー、席についてねー」
一瞬、全員動きが止まった。
前の入り口から入ってきたのはうちの担任ではなく、A組担任のコムイだったからだ。
「ああ、間違ってないからね。今日クロス先生は病欠です。変わりに僕が出欠を取ります。ああ、それと天変地異が起こる可能性があるから昼食を買いに出る時や下校時は十分注意してね〜」
コムイがそう言うと、ツボだったのか周囲の奴等が沸いた。
…………確かに風邪なんてイメージは無い。無いんだが…………
…………風邪って電話越しにも移るもんなのか…………
…………いや、無いな。無い無い。
俺は、出席を取り終わった教壇上のコムイの所に向かった。
「おい、病欠って」
「ああうん、本当みたいだよ。声が枯れてたしね。病気なんてタマじゃないんだけど…………鬼の霍乱だね」
「…………。」
本当なのか…………
珍しい事もあるもんだと、俺はその時それを然程気にしてはいなかった。
「ただいま戻りました。…………?」
家に戻ると、伯母さんは夕食の前だろうに中元か歳暮何かで貰うような高そうなゼリーを食べていた。
「あら、お帰りなさいユウ。あなたも食べなさい」
「いや、俺は甘いものは余り…………。それどうしたんですか?」
「昨日先生から戴いたのよ」
伯母さんは事も無げにそう言った。
「…………は?」
思わず変な声が出る。
「昨日、先生が夜お見舞いに来たのよ。あなた起こそうと思ったんだけど、寝るのが一番なんだからいいって。あなたの寝顔だけ見て帰って行ったわよ」
「…………。」
じゃあ、あの煙草の匂い…………本当にアイツ来てたのか。
…………。
……………………。
何だ今の変な感じ…………。
「後でお礼言っておきなさいね」
「はい」
夕食後。
…………電話は苦手だが、礼にメールってのも微妙だ。
ベッドの上で正座して、少し緊張しながら番号を呼び出した。
発信のボタンを押して耳に当てて暫く待つ。数十秒のコール音の後。
『………………………………あぁ?』
低い、枯れた声が聞こえてきた。
「…………あ、悪、い…………寝てたのか」
『叩き起こされたぞ。…………お前か。何だ感染源』
「俺の所為じゃ…………え、と。…………ゼリー、悪かったな」
『ああ、お前にくれてなんざやらないで自分で食ってりゃ良かったと思った』
…………おい。
『…………熱は引いたのか』
「ああ。今日は登校した。…………あんたは、大丈夫なのか?」
『人に移せば治るってか。駄目だな数日は』
「…………あんたサボろうとしてないか?」
『良く分かったな』
…………言葉を切って、少し咳くような音がした。
「もう切る。…………わざわざ来てもらって、有難う、う、」
う…………?
俺今、何て言おうとした?!
不自然に俺が途切れた先を待ってるのか、奴は黙ってる。
こういう時こそ何か口挟めよ!!
…………互いの意地の張り合いみたいな数秒間が過ぎて、俺が折れた。
「その、…………嬉しかった………… じゃ、じゃあな!! サボるなよ!!」
ピッ
指をボタンに叩き付けて通話を切った。
…………昨日までに、勝るとも劣らない顔の熱。
絶対あいつ、笑ってやがる!!
ひょっとして俺はまた熱が出てて可笑しなことを言ってるんだろうか。
…………アイツが学校に来たら結局顔を合わせるんだということを俺が思い出したのはそれから一時間以上経ってから、布団に入って眠る直前だった。
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