神田家は、古くは平安の世から名を残す旧家だ。
 …………世間の一般的な「旧家」のイメージに漏れず、神田家にも時代錯誤も甚だしい因習が数多く存在する。

 まぁ、多くはどうでも良い。
 別に正月の祝い方を事細かに指定されてようが、さして気にはならない。そんなものなら。其の程度で済むなら。

 けれど、これは洒落にならない。


 ――――――何処の世界に、この現代に、


「此方が、転入生の神田君です。皆さん色々教えてあげてください」

 
 子供の性別を偽らせて学校に入学させる馬鹿がいる!?
 

 大変残念なことに。

 その馬鹿は他ならぬうちの家族である訳だが…………。










「はぁ…………」
 
 転校初日。
 早くも溜息が毀れた。
 窓に映る自分の姿は確認するまでも無く、ブレザーの制服。…………勿論、男子用の。
 肩幅が合わなかった為、無理に詰めた肩のパッドが邪魔。
 ついでに、きつく巻いた晒しの下の胸が窮屈極まりない。


 神田の家は古い。
 古く、大和朝廷の時代に「神戸」とされた一団の中でも抜け出でて、正式に名を残すようになったのは平安の世から。とは言えそれより古くからあった家だった為か、神社に仕える神戸の一族にも関わらずその神社に重用され、神官一族の姻戚となり名を残した。
 古い家らしくあるのは古めかしく一々歴史由来の纏わり付く家具調度。
 昔ながらの伝統を守る為の年中行事。
 そして、

 生まれた子は、成人する迄は性別を違えて育てよという、迷惑極まりない家訓。
 それを破れば子供に災いが降りかかるという。

 大昔の話ならともかく、この現代でそれは明らかに無理がある。
 しかし、代々家の者はそれを大人しく守ってきた。
 何故なら、そうしないとその子供が死ぬと頑なに信じているからだ。

 …………父の両親は、神田の家にしては当時現代的な考えの持ち主で、そんな伝統…………と鼻で笑い長男である父の兄を普通に男児として育てたらしい。
 しかし、その父の兄…………叔父は、僅か二歳にして夭折。
 それは俺からしたら病気とかだったんじゃないのか、と言いたい所だが祖父母にしてみれば家訓を守らなかった災いだとしか思えなかったらしい。それ以後、それまでは現代的な考えの持ち主だったのが一転して保守的な人間に変わったと言う。

 そして、俺も――――――例に漏れず。

 女として生まれたにも関わらず、これまで十八年。男として育てられ、また生きてきた。 
 それでもまだ良かった。
 確かに家の中では男して扱われていたが、一歩外に踏み出せば俺は女であり、全く普通の生活をしていたのだから。
 ――――――だが。

 それを聞きつけ、横槍を入れてきたのが、祖父母だった。

「冗談じゃねぇ…………」

 おりしも、父の海外への長期出張が決まった矢先の事。
 母もそれに付いていく事になり、しかし英語の全く出来ない俺は日本の残る他無かった。
 当然の如く祖父母と同居することになり、問答無用で転校させられ、――――――しかも男子生徒という扱いで!――――――今に至る訳だ。




「…………」

 どう考えても駄目だろこれ。
 バレんだろ。っていうか初日から変人扱い決定か…………

 早くも暗澹たる気分で、廊下の窓を睨む。

「神田君」
「…………はい」

 と、先に歩いていた担任が俺を振り向いた。
 俺程じゃないが長めの黒髪で、先だけ巻き毛になっている。

「君の事は、お祖父様から聞いているよ。出来る限りのフォローは惜しまないから…………頑張ってね♪」
「なっ…………」

 君の事ってのは、当然俺の性別のことの筈だ。
 なら、何で!

「知ってんなら反対しろよっ!」
「あはは無理無理。あの方はうちの学校の大口の出資者なんだよ? 一教員が逆らえる存在じゃないんだって」

 …………くそっ!
 確かにこの学校に、クソジジイの息が掛かってる事は知ってたけどな…………!

「君のお父さんも此処で女生徒として過ごした経験があるそうだ。君も頑張りなさい」
「…………、」
 
 父上…………。

 実の父の若かりし頃の女装姿は、…………余り想像したくなかった。







 声は意識して低めに。
 背筋は伸ばして、胸は張る。 
 背丈は高いのだからそれだけで男に見える筈。

 今朝出かけに祖母に言われた事だ。

 …………ってんな訳…………!

 ないだろ、って思ってた。
 まさかこんなに簡単に、

「へー。神田っての? 宜しくな」
「…………ああ」

 隣の席の、今風の男にそう挨拶され、俺も小さく返す。

 こんなに簡単に、男子生徒として受け入れられるとは思ってなかった…………。
 クソジジイの、「生徒には女と知られないように」という命令が無ければ全員知っていて俺に接してるとしか思えなかっただろう。

 というか、軽く凹むぞこれ。
 別に女として見られたい、という訳でもないんだが…………そんなにか…………?
 
 
 間も無く一時間目が始まる。
 教室は、前の方の一席を除いて全員着席していた。
 レベルの高い私立ってだけあって、皆真面目なようだ。

 …………俺、勉強は苦手なんだがな…………。

 鞄から取り出した手の切れそうな新品の教科書を取り出しながら、暗澹たる思いに溜息をついた。  



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