HRを終えた所でラビが同級生に捕まった。
 色々話しかけられている奴を尻目に俺はさっさと昇降口まで降りる。昇降口から校門までは大変な混雑だ、何せ全下級生が見送りのためにと出てきている。人と人との間をすり抜けて行くと、

「おーい神田!」

 そんな声が聞こえた。視線を巡らせれば珍しく行事に真面目に参加しているらしいジャスデビとモヤシがぶんぶんと手を振っているのが目に入る。

「ラビから聞いたかー?」
「あぁ、何処か行くって奴か?」
「予定どうです?」
「補導されない時間なら」

 問題ない、と続けた俺にジャスデロがん? と眉根を寄せた。

「神田、証書は?」
「あ」

 よく考えたら、何時もの癖で机の中だ。もう明日から来ないというのに。

「うわぁ…………」

 馬鹿ですか、とでも言いたげな顔をするモヤシからは視線を逸らしておく。反論出来ないからだ。

「早く取ってこいよ」

 言われずとも。
 大分人気の無くなってきた校内、三階の教室まで逆戻りだ。途中階段を駆け下りていく卒業生とすれ違う。
 教室に戻ると最早誰もいない。中から証書の入った筒を取り出して、机を見下ろした。感慨を持つほど長くはなかったと思う。そもそもは望まない、理不尽とまで思った転校だ。
 それがどうして中々、悪くない日々だった。
 溜息に似た吐息が思わず漏れる。と、だ。

「ユウ?」
「ラビ」

 何故か、ラビがそこに居た。こいつまだこんなところに居たのか?

「どしたの、忘れ物?」
「あぁ」

 証書の入った筒を持ち上げて見せるとラビは笑う。それから表情を少し真面目なものに改めた。
 思わず視線を逸らして、呟く

「…………短い間だったな」
「、」

 ラビは無言だ。ふと訪れた無言の空気に、つい口が滑る。

「なぁラビ、俺は――――――、」

 俺は、
 俺は。
 本当は。

 …………馬鹿らしい。何を、こんな時に。
 そんな事言われたって向こうだって困るだろう。困る困らない以前に驚くか、寧ろ信じないのが普通だ。

(本当は、女で、本当は、お前の事が、)

 ――――――…………。

「何でもねぇ。行くか、もう時間ねぇだろ」

 机の前を離れる。入り口で立っているラビの隣をすり抜ける途中に早く降りるよう声を掛けて、

 そして、強く腕を掴まれた。

 

 

 


「ユウ。俺に言うこと、無い?」

 気まずそうに視線を逸らし、黙り込むユウに思わず溜息を吐いた。ええい、強情な!
 しゃーない、本当はユウから教えてほしかったんだけど。

「…………俺さ、ずっと前から知ってたよ。ユウが隠してた事」

 隠してた事も、隠してた訳も、もう知っている。
 だから、話をしよう?

 と、言おうとした瞬間。


 強い衝撃が腹を襲った。

 

 

 ドッ!!

 

 

「うぐっ!?」

 鳩尾、一発…………!
 いっ…………てぇ!!

 思わずユウの腕を放して蹲る、と、ユウが慌しく足音を立てて教室から飛び出した!

「っぇ、ええええええ!?」

 ちょ、何、何なんさ!?
 床とお友達状態になりながらも何とか教室から顔を出して廊下を見る。すると既に廊下の一番奥にまで辿り着いてたユウが丁度突き当たりの角を曲がったところが見えた。相変わらず足速ぇさおい!! 知ってたけど今こんなところで披露してほしくなかった!!

「こ、こらー! 待てー!!」

 何なの、マジで何なのこれ!?
 十数秒その場で息を整えて、それから、既に追いつけない程に大きく差を開けられた俺は先回りすべく走り出した。

 

 

 

 


 走った。
 無我夢中で走った。
 余りにも夢中になりすぎて、何処を走ってたかすら、忘れた。

『…………俺さ、ずっと前から知ってたよ。ユウが隠してた事』

 耳の奥に蘇る台詞は、どんな声で、どんな顔で言われたのか。
 思い出せず、代わりに同級生に迷惑だと断じる冷えた声音が思い出された。
 …………足が竦みそうになる。
 どうして。何で。何時の間に。

 何をも求めはしない、代わりに、せめて胸の内で想う事位は赦してほしい、と。
 そんな風に願っていた。
 それ以上は決して無いと承知の上での願いだった。偽りを貫くならば、此処を離れた後に再会する事は無いだろうと覚悟していた。
 
 なのに。

 何処をどう走り回ったのか、辿り着いたのは何時もの場所だ。教室以外では一番長く過ごした場所。後ろ手にドアを閉めた。わざわざ追っては来ないとは思うが、念の為だ。
 屋上からは、微かに校門付近の喧騒が聞こえる。何時の間にか上がっていた息を整えようと深呼吸をする。
 …………気まずい、を通り越したな。これはもう、逃げ切るしか無い。
 手始めに着信拒否とメールアドレスの変更だ、とポケットの中を探った瞬間。


 コンクリートの床に、影が差す。何、と思う間も無い。
 ガシャン、と大きな音が立った。
 それから背中に、それほど強くは無い衝撃。
 咄嗟に蹴りで反撃に出ようと足を引いた所で相手の足がこちらの足の間に割り込んでくる。翠が近い。

「――――――捕まえた」

 丁度、屋上のドアに押し付けられるような無様な格好で、俺は笑うラビを呆然と見上げた。


 終わらなかった。




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