屋上に辿り着くと、そこにはまだ人の気配は無かった。
これで予想が外れてたら相当の間抜けだ。あの様子だと全ての連絡手段を絶って逃げ切ろうとするだろうから、今夜中に自宅に突撃するしかない。それならアレン達を引き連れて行くか。
考えながら、ドアからは死角になる場所に立つ。ゆっくり数を数えながら待った。慌しい、階段を駆け上がってくる足音。予想が当たったことに思わず口の端が笑みの形に釣り上がる。
乱暴に開かれたドア、荒い息遣い。そんなものが感じられる程度には近い。いつもなら気配で気づかれそうなもんだけど、ユウが動揺している所為か、逃げ出されることは無かった。それどころか自分からドアを閉めてくれる。いやこれ多分俺避けだろうけど。
逃げられてなんか、やるもんか。
ドアを閉めたユウはポケットをごそごそし始める。俺にはまだ気づいてないみたいだ。
――――――隙を突くようにして、飛び出した俺はユウをドアに押し付けた。顔の直ぐ横に手を付く。
殆ど反射のように蹴りを入れてこようとする足の間に割り込んで動きを奪った。セーフ。…………こえー。
「――――――捕まえた」
どうして、とでも言いたげな顔で呆然と見上げてくるユウと視線が合う。
「ラ、」
「もー、いきなり殴らなくたっていいじゃん…………」
アレはかなり痛かった。何事か口にしかけたユウは、けれど黙り込んで俯いてしまう。
「ユウ?」
「…………」
拒むように避けられた視線。えーと、俺、別に嫌われてないよね? ないよね!?
色々やらかしちゃった記憶が走馬灯のように脳裏に過ぎる。う、うううん、これどうなんだろー…………
ええい当たって砕けろ! いややっぱり砕けたくないです!!
「…………。俺、知ってたんさ」
「っ、」
ユウはビクッ、と一度だけ震えた。
「ユウが女の子だって」
「…………」
「…………」
「…………。は?」
「えっ?」
どんな否定の言葉を向けられるのか。口の端を強く噛んで覚悟を決める。
「ユウが女の子だって」
けれど耳に届いたのは、想像していたのとは全然違う言葉だった。
「…………。は?」
…………え? あ、うん? 何だって?
「えっ?」
思わず聞き返した俺に、ラビがその反応こそ何とばかりに目を見張る。
いや、うん、ん?
女、って…………。
…………。
…………、何でそれ知ってんだこいつ!?
「うわっ、っ!?」
思わず逃れようとラビの胸を押す、だが明確な攻撃の意思を持たずしての事には相手はビクともしない。
俺の顔の横に置かれたラビの手に、先程までよりも強く力が篭められただけだ。
「何で、おまっ、」
嘘だろ!?
何で、何処でバレてたんだ!? アレか、何度もこいつの家に行って泊まったりしたからか!?
俺が一人で慌てていると、ラビが少しだけ困ったような顔で笑った。
「まぁ、色々あって…………。とにかく俺、気付いてたんさ。ユウが女の子なのに男の振りしてるって」
「――――――、」
言葉にならない。
いや、だってそれ、…………俺の努力って何だったんだ…………?
膝から力が抜けてその場で壁伝いにずるずると座り込む。俺に合わせるようにして一緒に屈み込んだラビが、
「ユウ、だいじょーぶ?」
「大丈夫じゃない…………」
あー、くそ…………。
バレてたの、それかよ…………。俺はもうてっきり…………。
「ところでユウ、話変わるけど」
「変えんな」
簡単に変えるな。俺にとっては一大事なんだよ!
「イヤさ、変えますー。…………ね、ユウ。俺とお付き合いしない?」
「…………お突き合い? 何を突けって?」
「予想通りのボケあんがと。そうじゃなくて、よーするに、」
そう言ってから言葉を切ったラビは俺の腕を取った。何、と見ていると。
軽く音を立てて、ラビが其処に口付けた!
「!?」
なっ…………!?
唇で触れられた所が熱を持って、その熱が体中に回る。頬が熱くなるのを堪えられない!
俺は実は夢でも見てるのか…………何だこれ、何でこんな、
「俺と恋人になりませんか、って事」
何でこんな、都合の良い事、が。
安定かつ予想通りのボケをかましてくれたユウの腕を取ってキスしてみる。腕へのキスは「恋慕」だ。ユウがそんな意味を知ってるとはとても思えないけど。…………まぁいきなり頬や唇にキスしたらぶん殴られるだろうし。
びっくりした顔で思いっきり目を見張ったユウの頬は、見る見るうちに真っ赤になる。
…………おや? おやおやおや?
これは実は結構脈あり、って思っていいさ?
「俺と恋人になりませんか、って事」
答えは「はい」か「イエス」のどちらかでお願いします!
暫く真っ赤な顔で呆然と俺を見ていたユウは、暫くそうしていた後、ハッとした顔で辺りを見回した。
「どしたの?」
「…………ドッキリ仕掛けてねぇか、お前」
「うわっ俺信用ねー!!」
そこらの物陰にカメラがあったりアレンやジャスデビが潜んでたりしません!
警戒を露にするユウに最早笑うしかない。尚もキョロキョロと辺りを見回している隙を突いて今度は指先にキスしてみる。
「〜っ!」
びくっとして体を引こうとするもユウの背後はユウ自身がさっき閉めたドアだ。
「ねぇ俺、お返事待ってるんだけど」
「っ、お前、」
「言っとくけど冗談じゃないからね」
ついでに逃がす気も無いからね?
ユウはあわあわしながら口を開いては閉じ、を繰り返す。
距離を詰めてずずい、と迫った瞬間。
〜〜〜〜〜〜♪
…………やる気が出なくなる、間抜けな音楽が流れ始めた。
思わずその場でコンクリートの床に両手を突く。一瞬ぽかんとした顔のユウが、慌てて自分のポケットを探った。取り出した携帯を耳に当てると、
『おっせーよお前! 何処まで取り戻ってんだ!?』
デビットの怒鳴り声。
後ろの方ではアレンの、「三年生みんな移動しちゃいましたけど…………」という呆れ声も聞こえる。
あ、あー…………そうだった、謝恩会…………。タイミング悪ぃ…………。
「…………あぁ、今降りる」
怒鳴り声を聞いて逆に現実に帰ってきたらしい。幾分落ち着きを取り戻したユウがそう答えて、電話を切った。
しょうがない、とりあえず今はそっちが先か。
立ち上がって、手を伸べた。
「行こ?」
「…………」
一瞬の間のあと、ユウは俺の手を取った。
小さな手を柔らかく握り返す。――――――大丈夫、まだまだ時間はあるんだから。
体を起こしたユウと小さく笑い合って、慌てて階段を駆け下りる。
大丈夫。きっと先に進める。
半年後、俺はアメリカに向かうユウの隣にちゃっかりと陣取る事になるのだが、それはまた少し未来のお話。
<終>