「開けてくれ、手が塞がってる」
「はいよー!」
ドアを開けると其処には小鍋を両手で持ったユウがいる。中に招き入れると、いい匂いがした。腹は正直で途端にグーグーと鳴り出す。今日は大学には行かず一日中部屋の中で論文を書いてたから、朝コーヒーとトースト一枚食べたきりだ。
家の中に通すとユウはキッチンに向かい、コンロに小鍋を置いて火をつけた。蓋を開けたので後ろから覗き込んでみる。
小鍋一杯に透き通ったコンソメスープの中にごろっとした大きな野菜とアメリカンなサイズのソーセージが入ったポトフ。わざわざ根菜全てが面取りされてる辺りが流石だ、ユウなのかユウのお母さんがやったのかは知らないんだけど。
もともと温めてあったんだろう、直ぐに鍋肌の辺りがふつふつとし始める。これは昨日買ってきたバケットでも焼くかな…………。
「美味しそー」
「ソーセージは全部お前の分だからな」
「やった! …………んでも、ユウはもうちょっと肉食った方がいいさ?」
「嫌だ」
肉も魚も苦手だという意外に好き嫌いの多いユウが唇を尖らせた。
小さく笑って、邪魔にならない程度に後ろから抱きしめた。振り向いたユウが少し困ったような笑顔で、
「父上にまた文句言われた」
「またぁ?」
ユウのお父さんは相変わらず、俺とユウが仲良くするのを嫌がっている。こうして隣の家だから、週のうち何回かは夕食を一緒にするんだけど(その殆どが今日みたいなユウからの差し入れだ)、その度にお父さんは渋い顔らしい。
「折角親子揃ったのにって。母上に気にしないでいいって言われたから来たが」
「ユウってそういう時割りと容赦ないよね…………」
二人でのんびり夕食を食べて、それからちょっとコーヒーを飲んで。そうしてから時計を確認したユウは慌しく立ち上がった。時間は六時時五十分だ。
ユウの門限は驚きの七時なので――――――中学生か――――――、鍋を洗って持ち帰る準備を始める。皿や他の食器は俺が片付けるからそのままにして置いて貰った。
「七時って、子供じゃないんだからさぁ…………」
帰ろうとドアに向かうユウの背についついそんな事を漏らす。するとユウは振り返って一言。
「子供以下だ、中学の部活の時点でもっと遅かった」
「駄目じゃん!」
ひでー!!
どんだけ信用ねーんさ俺!!
どーせあーいう事や(したいけど)こーいう事(めっちゃしたいけど!!)すると思ってるんさ、いやホントしたいけど!
顔を合わせるたびに「ユウに妙な事をしてないだろうな!」と迫ってくるお父さんは相変わらずだ、最近では其の都度お母さんに「自分が守れなかったことを人に強要するのはやめなさいよ」とか言われている。…………我慢できなかったんだー、と思わず遠い目をした。そりゃ気持ちは分かるけど。
くそぅ、と悔しくは思うけど、でも言いつけを守らないとユウが此処に来ることすら許されなくなる雰囲気が濃厚なので俺は大人しく歯噛みするしかない。
ドアを開けてユウを送り出す。
「母上が色々言ってくれるんだがな。七時は無いだろうって」
ふー、と溜息を吐きつつユウが呟く。
お父さんと違ってお母さんは寛容だ。大事な娘のことだから何でもどうぞどうぞとは言わないけれど、大切にしてくれるなら、って言ってくれた。
「でも、そうすると父上が拗ねるんだ」
「お父さん拗ねるんだ…………」
何だかその光景、想像できるようなできないような…………。
厳格なイメージが先行するけど案外そうでもないのかもしれない。
じゃあ、と言って再びユウが振り向いた。もう時間だ。
「good night.」
まだ夜って時間じゃないけど。
言いながらユウに軽くキスした。ほんの少しだけ身体を強張らせるユウは、でも最初に比べたら大分マシだ。最初なんてキスしようとするだけであれ、これから何しようとしてたっけ? って疑問に思うくらいガチガチになっていた。キスでこれならエッチするときなんてどーなるんだろうとも思ったもんさ。
名残惜しくて、一度離してからもう一度。
――――――と、だ。
ガチャ。
「ユウ、何時まで外に出ている。早く中に…………」
…………あっ。
「あ、父上、今戻りまs」
「…………貴様――――――!!」
「うわぁぁぁぁ!! ごめんなさいごめんなさい!! でもいいじゃんこんくらい!!」
その後ユウのお母さんに、俺とお父さんはまとめて「近所迷惑でしょ!」と怒られた。