日曜日。
俺とユウは、俺の部屋でのんびり過ごしていた。ユウの両親は昨日から出張で州都へ、(土日をユウと過ごせるワーイ、と思っただけのつもりだったのに露骨に顔に出てたのか、毎度の事だけどお父さんに妙なことはしないように、ときっちり釘を差された)周囲の部屋の奴らはスポーツに出かけたり教会に行ったりで外出中、実に静かなもんさ。
二人隣同士ぴったりくっついてコーヒーを啜っていた最中、ユウの携帯が鳴り響いた。着信の名前を見て思いっきり眉根を顰めたユウはそれでも応答にして耳に宛てる。漏れ聞こえる声で相手は察した。
挨拶もろくに無い内に始まった相手の「用件」にユウの眉間の皺はどんどん深くなっていく。
「知るか馬鹿、――――――あぁっ!?」
宜しく頼みましたからね、飛行機のチケット送りますから! と相手の最後の捨て台詞だけがやけに鮮明に俺にまで聞こえた。
切られたらしく、携帯を耳から離したユウは舌打ちしている。
「どしたの? 今の、アレンだよね?」
「…………こっちに来い、だと」
「こっち? 日本?」
俺達がこっちに来て一年数ヶ月。ジャスデビも卒業した今アレンだけはまだあの高校に通っているはずだ。
だが、ユウは首を振った。
「ロンドンだ」
「ロンドンー? あぁー…………」
俺達は忘れがちだが、アレンはあれで古き良き時代から連綿と続くイギリスのお貴族様の家柄のご子息様だ。とはいえアレン自身はそういった実家を余り好いてはいないようで、クリスマスと年末年始以外は何かと理由をつけては義父とクロスが居る日本から離れようとしない。
「で、何の用事だって?」
「…………」
ユウは言いづらそうに視線を彷徨わせてから、恐る恐ると言った顔で口を開いた。
「…………見合いさせられるのが嫌だから、恋人の振りをしろって」
「…………はぁ?」
数日後送られてきたエアメールには、ロンドン・ヒースロー空港行きブリティッシュ・エアウェイズのビジネスクラスの航空券が二セット。エコノミーじゃない辺りが流石はお貴族様。どうやら片方は俺の分らしい。送られて来なくても自分でチケット取るつもりだったけど。
「お前も来れるようなら連れてこいって」
俺の膝の間に収まりながら同封されていた便箋を読んでいたユウが顔を上げて俺を見た。
「そりゃ勿論、行きますとも」
その辺に何か学会があったかもしれない、なんてどうでもいい事だ。
「俺のかわいー彼女が他の野郎の恋人の振りするなんて、怖くてほっとけませんから?」
「…………」
実際アレンは俺とユウが結婚前提なお付き合いをしていることも、そもそもユウが異性である事すら知らない訳だけども。
今年の六月に二十歳を迎えたユウは、漸く本来の性別の振る舞いをする事を許されるようになった。誕生日の時は俺も一緒に、勿論ユウの両親も帰国して、一族郎党揃って(何せユウは本家のお嬢様なのだから)盛大にお祝いしたんさ。華やかな振袖を着せられて一番の上座に座らされたユウは恥ずかしそうに頬を染めて俯いていて、凄く可愛かった。しつこいくらいに写メ撮ってたら、ついには怒られた位だ。
「で、実際、何で受けたのー?」
断る隙すら無く電話を切られていたのは見た。でもその後メールで時間の遣り取りなんかもしてたんだから、何か理由付けして断ろうと思えば出来た筈だ。強く断らなかった理由は、何となく分かってるけど。
「…………俺も旧い家の人間だからな。アイツが置かれた状況は、何となく理解できる」
二十歳になる直前頃から、ユウには幾度と無くお見合いの話が舞い込んでいる。断っても断ってもキリがなく、勝手に釣り書きを送りつけられた時には俺とユウでそれを紙飛行機にしてやった。お隣のユウの家でそれをやった事もある。
それは俺の存在を知っていても、いなくても、だ。ユウと俺二人の成人を期に持たれた話し合いの席でユウの家族には婿入りを条件に結婚を了承されたとはいえ――――――但しそれはお父さんをお母さんが、お祖父さんをお祖母さんが関節技をキメながら押さえつけるという状況下ではあったけれど――――――、旧い一族の中にはあからさまに「外の血」の俺を拒絶する一派がいるのは知っている。
一族の未来の当主には、釣り合いの取れる家柄から婿を迎えるべきだ。そんな事を、実はユウの二十歳のお祝いの時に言われたりもした。棒読みで「アイキャンノットジャパニーズ」、言葉が分からない振りして無視したけど。
「ああいうのは、いくら本人が嫌がったって持って来る。その後の親戚付き合い考えると、中々強く言い辛いしな」
「そうさね」
「俺が行った所で良い方に転がるかどうかは知らねぇけど」
「それはもう、アレンが自分で頑張るしかないっしょ」
ふんわり香るシャンプーの香りを一杯に吸い込んで、頬のキスを一つ。
くすぐったかったのか少し身動いだユウと小さく笑い合った。