「結構な人数さー」
「…………」
俺の後ろで椅子に座っていたユウは一つ溜息を吐いた。
ゴールドのヘアアクセサリーでアップスタイルにした髪はサイドの一筋が緩やかにウェーブにされて下ろされている。白のボウタイブラウスにブラックジャケットと同色のパンツ。ジャケットはウェストシェイプされたレディースだ。スカートやらワンピースやらを用意していなかったのは意外だった。どうやらアレンはユウに抵抗感を持たれて拒否されるのを危ぶんだらしい。シックな路線であったことにユウは若干安心していた、フリフリレースのフェミニンなものでも用意された日には途方に暮れただろう。
ホームパーティーとしてはややフォーマル寄りらしく、俺も一応持ってたジャケットを羽織っている。その方が目立たないだろう。
俺がアレンに頼まれたのはユウのフォロー役だ。言葉が分からないという設定なのでアレンが傍を離れたときの通訳も兼ねている振りをする。絡まれれば速やかに引き離さなきゃいけない。
と、部屋のドアがノックされた。返事をするとアレンが姿を現す。
「準備は出来てますよね」
「おー。ところでさ、アレン」
「はい?」
「お前見合いも何も、許婚いるよな?」
最初にユウとの電話でのやりとりを聞いた時に感じた疑問をぶつける。するとアレンは唇の片端だけを吊り上げた。
「いた、が正解ですけどね」
「…………」
「ってーと、」
「破談です。どうも僕のあっちでの行いが色々と相手の親御さんの耳に入ったらしくて」
「自業自得じゃねぇか!!」
それまで沈黙していたユウが声を荒げた。そんなユウにアレンはざーとらしく首を傾げる。
「あれ、自業自得じゃないなんて僕言いましたっけ?」
「テメェ…………」
「それにまぁ、どちらにしろ何れは破棄の予定でしたし。向こうには別にお相手いましたから…………僕の所為に出来て一安心って所じゃないですかね」
どうやら満更アレンだけの所為でもないようさ。肩を竦めてそんな事を口にするアレンは相手に対する未練はこれっぽっちも無いらしい。まぁ、親の決めた相手だというからそんなもんか。
「それにしても…………本当に違和感無いですね神田」
上から下までユウを眺め回したアレンがそんな感想を述べる。まぁ違和感が無いのは当然だ、レディースなんだし。
けれど当たり前だと返すわけにも行かずに、
「…………あぁ?」
苛立たしげに不機嫌な表情を作ったユウが低く唸る。これ以上機嫌を損ねては、と判断したらしいアレンに促され、俺達は会場になる階下へ降りていった。
ホスト役のアレンのオリエンタルな恋人。人々は興味深げにユウを見る。その物珍しさを隠そうとしない視線にユウは辟易していた。最初の内は面白がって声を掛ける人間も居たけどユウは「英語がまるでわからない」という設定に忠実だった。コミュニケーションが取れないと分かると彼等は遠巻きに眺める事にしたようだ。まあ、互いにその方が楽だろう。
そんな事を冷静に、客観的に頭のどこかで考えながら同時に俺は非常に面白くなかった。何故なら。
――――――あぁ、また!
ユウの直ぐ傍で誰かと談笑していたアレンはその流れなのかユウの腕の取り、組んだ。…………晒しで巻いてるからまだマシだけど、アレおっぱい当たるじゃん!! 絶対!!
次はねーからな、と遠目にアレンに呪詛を送ってみる。
ユウはといえばポーカーフェイスを貫きつつ、けれど時々若干迷惑そうな表情だ。元々過ぎたボディタッチは好まない。んなことアレンは勿論知ってるだろうけど、確かにまぁ言葉に不自由している恋人をこんな所で一人で放置しておくのはおかしな話さ。俺は男だから、俺と余り親しげにしていると(でもユウは俺の彼女だけどね!?)周囲から好奇心と疑惑の視線を向けられる。今はアレンが上手く立ち回っているので俺には出番が無い。
「…………あーあ」
適当にそこらに置いてあるカナッペを摘んでみる。成程業者は出入りなのか味は中々さ。とはいえ放置の時間が長くて若干残念な事になりつつある。周囲はお喋りとワイン、エールに興じていて、料理は余り省みられないらしい。勿体無いから食べておく。やっぱりあったローストビーフをもしゃもしゃしていると、ふとユウがアレンから離れた。
「ごめんこれ宜しく」
ホールを回って空いたグラスを回収しているウェイターに空になった皿を押し付けて、慌ててユウの後を追った。
「ユウ!」
「…………ラビ、」
ホールから離れ、階段の影辺り。ホールからは死角になるそこにユウは逃げ込んでいた。近寄ってみると随分疲れた表情をしている。
「言葉が分かんねー振りも、面倒なもんだな。好き放題言いやがって」
「ムカつく事とかヤな事言われてない?」
「平気だ。想定の範囲内に収まってる」
つまり多少は、だ。物珍しさからかもしれないが――――――とはいえロンドンだってコスモポリタンな都市だ――――――悪気が無くとも失礼な言い様なのかもしれない。
「アレンは」
「今一人で質問攻めにされてる。俺はそろそろ御役御免になりそうだ」
「良かったぁ。アレ以上見てたら腹立ってしょうがないもん」
「?」
不思議そうな顔をしたユウを、階段の影で人目に付かない事をいい事に抱き寄せた。人に見られたら、と身体を強張らせたユウの耳元で囁く。
「だってアレンがユウにべたべたするんだもん。俺だって嫉妬するさ」
「…………ばーか」
これが終わったら存分にいちゃいちゃしよう。そう決めて、早く終わんねーかなと願った。
「ありがとうございました。お蔭様で当分はお見合い攻めからは逃げられそうです」
「そーかよ」
「良かったなー、猶予期間できて」
「学生の内からそんな事で煩わされるのはごめんです」
アメリカに戻る俺達を見送りに来たアレンが肩を竦めた。
「また時間に余裕のある時に来てください、今度はロンドン案内しますよ」
「うん、その時は頼むわ」
本来なら休みにしてもいいサマークォーターに俺もユウも授業を入れているので余り時間が取れなかった。
残念、と思わないでもないけどこれ以上アレンと一緒にいるとそろそろボロが出そうなので仕方ない。次アレンをこちらから訪ねるとすれば、それは全部バラす時だ。
と、突然アレンはビシッとユウを指差した。
「…………次に会う時には追い抜かしますからね!!」
「あ?」
「ははは…………」
うん、まぁ、抜いてるだろうなぁ。
口での小競り合いを始めたアレンとユウをリアルファイトに突入しないように監視しながら、全部アレンが知ったときの事を思って小さく笑った。
「ところで」
「ん?」
「そもそもどうして男の振りしたままじゃなきゃいけなかったんだ? 俺もう必要無かったんだが」
「あぁ、それ? だって癪じゃんバレるの。俺としては余計な心配増やしたくないしー? ライバルも増やしたくないしー…………」
「何だそれ」