「神田君、ちょっといい?」
「?」
一日の終わりのSHR。既に他の奴らはバラバラと帰り始めていて室内には人影はまばらだ。
俺も帰り支度をしていた所に、コムイに声を掛けられて振り向く。
「研究室まで、いいかな?」
「? ああ、」
…………何だ?
困ったような笑顔を浮かべたコムイに付いて行く為、残りの荷物を乱暴に鞄の中に放り込んだ。
「散らかってるとこだけど、適当に座ってて」
科学研究室。
授業の為の実験器具やら何やらが乱雑に置かれている室内。
俺はコムイの物であろう机の直ぐ傍のスツールに腰掛けるよう促された。
コムイは部屋の隅にあったコーヒーメーカーを操作して、マグカップ二つに黒い液体を満たす。
「はい、どーぞ。ミルクとシュガーが欲しければそこの机の上にあるからね」
「ああ」
一口口を付けると中々強烈な香りがする。煮詰まり気味の匂いではあるがまだ飲めそうだ。
「…………で、何の用だ?」
「昨日のラビの事何だけどね」
「…………」
うわ、面倒くせぇ…………。あの赤毛べらべら喋り回ってるのかよ。
「救急車呼んだの、君なんだって?」
「…………まぁな」
「彼を見つけたときの状況が知りたいんだ。流石にこれは黙って捨て置けないからね」
「…………駅前のビルとビルの間の細い所で帰りがけに見つけた。妙に人だかりで妙な気配がすると思ってたら、野次る声とか人殴るような音してたから、警察呼んだフリして声掛けた」
勿論フリだけだ。
「そしたら奴らは逃げてって、残ってたのはボコられてたあの赤毛…………ラビっつったか? あいつだけだったんだ。何か強がってたけど立てない位にはやられてたみてーだったから、救急車呼んだ」
「懸命な判断だ。肋骨にヒビが行ってたし、細かい怪我を上げていけば枚挙に暇がない。…………全治二週間だよ」
何だ、やっぱり骨やられてたのかあいつ…………
って、肋骨って。
…………腹に入れたのは不味かったか…………
「あいつ今どうしてるんだ?」
「入院中。一週間は出て来れないね」
「…………」
随分な怪我だな、おい。
「こっちでも何らかの処置は取るけれど、気をつけて。偶々喧嘩になったんじゃなくてはっきりラビが狙われてた事を考えると助けに入った君も見つかったら何かされるかもしれない」
「そんなような事言ってたな」
「?」
「何でもねぇ」
不思議そうな顔をしたコムイに首を振っておく。
「君に何かあったら一大事だ。…………君は女の子なんだから。君のお祖父様にも顔向けできない」
「…………」
口中を満たす苦い液体以外の苦味に思わず眉根が寄った。
厄介ごとの気配だ。
メンドクサイ ああめんどくさい 面倒くさい
短歌のように念じた所でその気配が引かないであろう事は、俺にすら容易に予想がついていた。