寄ってきた奴らの喋り声をBGMに空を見ていた俺は、ふと別種の、直ぐ近くから聞こえてくる高い声ではなく男の低い声でのざわめきに、教室の前の方つまり教壇近くを見た。
 其処には何やら人垣が出来ている。
 そして人垣の中に居た奴が、俺を見ていた。
 紅い髪。翡翠の眼。
 …………制服も相当適当に着崩して、男の癖にアクセサリーをジャラジャラつけてるような奴だが、その格好よりも尚本人が生来持っているものであろう髪色と目の色がとんでもなく派手な奴だった。
 特にこの真面目でレベルの高い私立である此処は在籍の生徒も今日ではある意味珍しいような真面目な奴ばかりで、尚更その紅い奴の派手さが目立ちまさに悪目立ちしてる感じだ。
 …………良くアレで停学喰らわないな…………

 ガン付けられた、と思う前にある意味感心してそいつを見返す。
 暫く互いに見合い(見つめ合っていた訳ではない。別に視線を合わせたわけじゃないから)、暫くするとあっちから俺を見るのを辞めた。
 …………何だかな。

「あれ? ラビ君だ」
「ホントだ〜」

 あいつがあの席の奴なのか。
 天才…………とか何とか言われてたが別にそんなようにも見えねーがな。
  
「ほらほら、騒いでないで席に着いて〜! 本鈴が鳴ってからも立ってる子は僕の研究室にご招待するよ!」


 ざざざざっ!!
 
 ガタガタガタガタッ!


「!?」

 担任教師コムイの台詞に、それまで点々としてたクラスの奴らが突然それぞれ自分達の席に向かって駆け出した。
 時間にして数秒の事の筈だ。
 全員が…………いや、良く見たら若干一名、頭の赤い奴だけがのんびりとだが…………席に着き、緊張の面持ちで教壇を見ている。
 特に急ぐ様子も見せないそいつが席に着くと同時に本鈴が鳴った。

「はい、皆おはよ〜。ホームルームを始めるよ〜」 

 間延びした担任の声が、何処か緊迫した教室の中に場違いに響いた。








 …………何だあいつ。
 
 一時間目の途中にして、俺の、あの紅い頭の奴に対して呆れの溜息をついた。
 一時間目は現代国語。奴は、最初の挨拶の時ですら起き上がらず――――――そうずっと寝てたのだ、机に突っ伏して――――――今も只管寝ている。
 驚きなのは周囲もそして担当教諭ですら奴を注意しない事だ。
 まぁ騒いでる訳じゃないから、マシな方かもしれない。
 呆れ半分、そして呆れを通り越して感心しながら見ていると…………

 授業が終わっても尚、奴が起き上がる気配はなかった。
 二時間目は体育だ。
 数人の友人らしき奴らが揺り動かすと、顔だけ上げて何かを言い、そして直ぐにまた顔を伏せた。
 サボりか、と直感する。
 呆れていると、隣の女子が声を掛けてきた。
 
「神田君、次体育館だけど場所大丈夫?」
「…………ああ。初日に案内された」
「…………そう?」

 何でそこで残念そうな顔をする?

 ふと視線を教壇の方へ戻すと、一番前の目立つ頭はいつの間にか消えていた。
 …………?
 いなくなった、それ位にしか思わなかった。
 その時は。
 
 




 俺が体育の授業に出るのは、恐らく全授業の中で一番労を要する。
 先ずは教室の直ぐ傍にある廊下に設置されているロッカーからジャージ一式と専用運動靴を出して、それからそれを持って学校の敷地内の一番南、今はもう殆ど使われていないという(稀に、広い敷地を必要とするような屋内球技の時なんかは二つとも使うらしい)旧体育館の更衣室に向かわなければならない。
 しかし実際授業が行われるのは敷地の北側の端…………つまり学園の敷地内を縦断しなければならないのだ。
 普通科以外にも数科を抱えるこの学園の敷地は、全国的に大きい事で有名であり…………つまり、まあ、とんでもなく面倒だ。
 
「ああ、クソッ」

 南にある旧体育館に向かって走りながら、視界に入ってきた壁に掛かっている時計が指し示す時刻に思わず舌打する。
 授業と授業の合間は通常、十分。
 前の授業が終わって直ぐに教室を出てもギリギリの線だ。
 しかし、それにも関わらず今日はクラスメイトの女子にとっ捕まった。
 逃げようにも好奇心と善意に満ちた奴らを振り解くのは中々に難しく、時間を五分も失う事になった。
 後もう少しで予鈴が鳴るだろう。
 
 左右に開く重いドアは開いていて、それを幸運だと思いながら中に飛び込んだ。

 照明は入っていない。だが外は晴れている。二階の窓から差し込む日の光に細かい埃が舞って見えた。
 勿論そんなものを優雅に鑑賞している時間等無いので、体育館の端の更衣室まで走った。
 
 
 ガチャッ


 見る人間も居ないのを良い事に、服を全部脱ぎ捨てて、慌しくジャージに着替えた。トレーニングパンツに足を突っ込み引き上げ、それからトレーニングシャツを頭から被り、
 

『…………、ん、』
 
 
 不意に、聞こえてきた声に固まった。



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