洗面所の鏡を睨みながら思わず呟いた。

「ってぇ…………」

 あのクソモヤシ、力任せに殴りやがって…………顎がガクガクする。
 モヤシは力が強いから、押さえ込まれると振り解くのに時間が掛かる。その間俺は体のいいサンドバックだ。
 まぁ仕返しに思い切り鳩尾に入れてやったし、痛み分けって所だな。

「神田、大丈夫?」

 ひょっこりとジャスデロが顔を出す。

「ああ、大したもんじゃねぇ」

 大きな傷も無いし。

「ヒッ…………ねぇ神田。デロ、言った方がいいと思う」
「? 何を?」
「神田が女の子ってこと…………。このままだと神田、いつか大きな怪我するよ?」
「別に構わない。騙してんのはこっちだ。何されようが責められねぇだろ」
「…………でも…………」
「いーんだよ別に。それだけ巧く行ってるってことだ」

 ジャスデロの眉毛は八の字になっている。

「それよりモヤシの様子はどうだ」
「ああ…………うんさっき目、醒ましたよ」
「ならいい」

 うっかり気絶させちまったからな。あの時はヒヤッとした。
 そんな事を考えながら此処とリビングを隔てるドアを開いた。
 真ん中には直接モヤシが座っていて、その左右に取り囲むようにラビとデビットが居る。

「もう、乱暴なんですから」

 モヤシが恨みがましくそんな事を言ってきた。

「お前が言うなよ」
「本当さぁ。先に手が出たの、アレンじゃん」
「っんとに、手ぇ早いんだからよー。手ぇ早いのは女につける手だけにしとけっつーの」

 途端に二人に突っ込まれて、モヤシは不満げにぷくー、と頬を膨らませた。
 …………エサ頬張ってるリスみてぇ。

「でさぁ。今俺達話してたんだけど〜」

 言いながらデビットがこちらに向かって何かを放り投げてきた。

「何だ? これ」

 広げてみるとそれは薄い冊子。中身は地域の情報や店の宣伝を載せたフリーペーパーだった。
 一番上に大きく乗せられた広告に目が吸い寄せられる。

「…………花火大会」
「そーそー」
「それ今夜だって。行かねぇ?」

 んなもんあったのか…………。

「近いのか?」
「その川沿いなら此処から歩いて十五分位さね」
「へぇ…………」

 人ごみか…………。
 面倒だが…………。

「いいね! 行く行く!」

 こいつら乗り気だし。

「夜店全店制覇しますよ!」
「目的、花火じゃねぇのかよ」

 思わず突っ込んでおく。
 元気な奴だな。(胃袋が)

「じゃあ、何時位に出る?」
「そーだな、六時半くらいでいんじゃね?」

 デビットとラビが計画を立て始め、何故かその隣でモヤシはまだアイスを食い、俺はジャスデロと顔を見合わせた。









「うわ、」

 …………だと思った。
 川原は凄まじい混みようだ。歩くのも難しい。
 此処まで来る道も、ただ奴らについて来ただけの土地勘の無い俺には此処で奴らと逸れたら割りと致命傷だ。
 浴衣を着た女や、その女を連れて歩く男。女だけのグループや家族連れも見えるが…………男だけってのはあまり見ない。
 直ぐ近くで漂うに動いている白い頭を目印に何とか逸れないようにしていたが、それは時間の問題だった。何せ奴らからしてバラバラの方向へ行ったんだ。おい、と思わず声を上げかけた瞬間後ろから突き飛ばされる。

「っ、」

 反射的に下半身に力を入れ転倒は回避する。誰だ、と振り向いても人の波…………無意味だとすぐに悟り前を向きなおした。
 だが。
 
「…………クソ、」

 今の間に見失った…………!
 立ち止まると、後ろにいたらしい奴らが俺を迷惑そうに睨みつけながら追い越していく。
 確かにこんな所では迷惑か、と俺は宛ても無く再度歩き始めた。



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