触れた手は大きかった。
 乾いて骨張った、大きな手。
 その感触を思い出す度に――――――心臓の音が乱れる。
 もう触れるモノの無い自分の手のひらを自分で握り締めて、爪を立てた。

「…………」

 漸く他の奴らと合流して、一息ついたところ。ラビはモヤシの直ぐ傍で何か話し、笑っている。
 俺はちっともそれどころじゃない。
 思い出した。思い出してしまった。
 あの臨海学習の時の、アイツの不思議なくらい深い色の目とか、夕日に映える色の髪だとか。
 あんなもの、忘れていたかったのに!

 …………ちくしょう。

 畜生畜生畜生! クソッたれ!
 知りたくない知りたくない知りたくない! こんなものの名前なんか!!

 思わず顔を片手で覆う。
 こんなの…………識ったって、どうしようもないんだ。

 だって俺は『男』なんだから。

 ツキン、と胸の奥が痛んだ。






「ヒッ! 神田、どうしたの? 元気ないね」
「別に…………どうも…………」

 帰りの道。
 先を行くラビとモヤシ、デビットからやや離れて俺はジャスデロと歩いていた。

 離れた理由は一つだ。先程から三人は幾度と無く女だけのグループに声を掛けられている。
 今は三人にも応じるつもりが無いようだが、いつそのつもりになるか分からない。
 そもそも誘われても困るだけの俺とジャスデロは一応離れておく事にした。
 まぁ…………ジャスデロがいれば帰り着けるからいいだろう。

「人に酔った?」
「ああ、それもあるかもしれない」

 元々人ごみは苦手だ
 この剣幕の人数に、確かに辟易している。一体何処からこんなに出てくるんだか。

「…………あ、」

 ジャスデロが、小さく呟いた。

「?」
「…………、」

 何だ、と横を向くとジャスデロの目は真っ直ぐ前に向けられている。
 そこでは、前を行っていた三人が浴衣を着た女三人と親しげに話している所だった。

「…………あれ、」
「逆ナンされたんだね…………ヒッ、」
「…………」
「アレンが気に入ったみたい…………、あの手前の子、アレンの好みだよ」
「へぇ」

 …………ほら。
 こうなるに決まってる。

 胸に鈍く走る痛みを堪える変わりに思わず前の方を睨みつける。と、視線に気付いのか知らんがデビットが駆け寄ってきた。

「なー、どうするよ? あの子らにカラオケ誘われてるけどよ」
「ヒッ! デロは行かないよ!」
「俺も興味ねぇ」
「あー、やっぱし? じゃあ俺も断るかぁ」
「? 何でだよ。行けばいいだろ」
「ばっかお前、世界で一番大事なオトートを置いて俺が行くわけねーだろ」
「デビー!」
「ジャスデロー!」

 がしぃ! と組み交わされる抱擁。
 またか、と思わず生ぬるい目になった。
 暫くの抱擁の後デビットは顔を上げ、

「じゃあちょっと俺あいつらに伝えてくるから此処で待ってろよ。いーか? 絶対動くなよ? 絶対だぞ!?」
「はーい」

 何度も何度も繰り返してからデビットは駆け出した。直ぐにラビとモヤシの所へ辿り着いて何事か話して、それから女達に手を振った。
 その足で踵を返し、戻ってくる。

「やっぱあの二人は行くってさ。多分今夜中には戻ってこねーって。ありゃお持ち帰る気満々だわ」
「だよね…………デロ達寝てていい?」
「いんじゃね?」
「…………」

 ちら、と二人のほうを見た。
 ――――――その時、こっちを見ていたラビと視線があった気がして慌てて逸らす。
 
 好きにすればいい。どうせ俺には――――――何の関係もねぇだからな。








「ラビ、どっち狙いなんです?」
「あー…………」

 駅前のカラオケボックス。
 部屋に女の子達だけ残していて、今は廊下で一服している所。

「そっちはあの子さ? あの水色の浴衣の子」
「ええ」

 アレンはあっさり頷く。好みがはっきりしているからこういう時非常に分かりやすい。
 一方の俺は気晴らしみたいなもんだし、正直どっちでも良かった。敢えて言うなら後腐れの無さそうな方がいい。
 女の子の肌に触れていれば、あの時感じたユウへの奇妙な感覚も忘れられるだろう…………。

「どっちかっていうと、紫色の方の子がソノ気っぽいですよね」
「うーん…………」

 黒髪の綺麗な子だ。小柄なのが救いだけど。いや、何が救いなんだ?
 やっぱり、こっちにもう一人欲しかった。頭数だけでもいいから釣りあうようにして置いたほうがやりやすい。此処で俺がはっきり「どっち」って示したら最後に残る子はソノ気の有無を問わず、いい気分ではないだろう。
 女の子のグループは案外一人機嫌を損ねただけで全員帰ったりもするから怖い。

「デビットに来て貰えば良かったですね」
「しょーがないさ、ジャスデロが来ないんだし」
「あ、それか神田でも良かったですね」
「、」

 ユウ。…………あの、ユウが?

「想像つかねーさ…………」
「いやでも彼、結構イイ好みなんですよ。あれはむっつりと見ました」
「イイ好みって何さ」
「金髪巨乳が好みだそうで。ああ、でもあの子達はそういうのとはちょっと違うからやっぱり駄目ですかね」
「…………金髪巨乳…………」

 ユウが…………?

「意外ですよねー。てっきりヤマトナデシコ系が好みだと思ってたんですが。アレですか、自分に近いのは興味ないんでしょうね」

 ところで神田ってお姉さんか妹さん、いないのかな、というアレンの台詞を聞き流しながらアルコールの回ってきた頭で俺はぼーっと考えた。
 こんな事言ったら失礼かもしれないけど真剣に想像がつかなかった。
 好みどうこう、よりもむしろあのユウが女の子に触れるところなんて想像もつかない。
 だけど、そうだ。ユウだって、俺と同い年の男だ。
 激しい飢餓感も、足の間の三本目を誰かに突っ込みたいっていう欲求も、あって当然なんだろうけど。

 …………当然、なんだろうけど。

 駄目さ、全然想像つかない…………。

「? どうしましたラビ。頭なんて抱えて」
「いや、なんかさー…………」
「そろそろ戻ります?」

 アレンが灰皿に煙草の先を捻じ込んだ。
 あんまり席を長く空けるのも失礼だ。まぁ彼女達だけで十二分に盛り上がってた気もしたけど。

「そーさね。戻るさぁ」



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