「ん…………、」
カタッ、と小さく音がした。気がする。
目覚めに近かった意識はそれを切っ掛けに急浮上した。
「…………、」
体を起こし、眠い目を擦りつつ音がした方――――――リビングの入り口を凝視する。
ドアの一部の擦りガラス越しに赤い頭の人影が揺れて見えていた。
「…………、ラビ?」
小さく名前を呟いて、ソファーの上から温いフローリングの上に素足で降りる。
音を立てないよう気をつけながらドアを開けると――――――
「…………あ、」
そこにいた家主は俺と視線が合うなりバツの悪そうな、例えて言うなら悪戯が見つかった子供のような顔をした。
「あ、起こした?」
「いや、勝手に目ぇ醒めた。…………にしても、お前なんか凄い匂いすんぞ」
多分煙草と酒と少しの香水と…………あと何だこれ?
俺が指摘するとラビはやべ、という顔をして、
「匂う?」
「…………シャワー浴びて来い」
「うん、そーする」
風呂場に向かったラビが振り向いて一言。
「あ、次はユウも来るといいさ」
「…………は?」
「金髪巨乳の子がいいんだって? 見かけたら回してやるからさ」
「…………」
…………。
「男なんだし、ヤる事はヤりたいでしょ?」
「…………」
「ノンセクなんてジャスデロ以外にも周りに早々いるとは思えんしさ」
楽しみにしてて、といい置いてラビは風呂場に消えた。
取り残されたような俺は呆然として立ち尽くす。
…………無茶言うな。だって俺は「 」だぞ?
ああ、だけど俺は「男」だから…………
だから…………
だから?
「そーいやアレン帰ってきてねーじゃねぇか」
「ホントだ、何処行ったんだろ?」
「…………」
「まだラブホじゃない?」
奴等の声を後ろに聞き流しながら、溶き卵を焼き上げている手元を機械的に動かした。
「何、やっぱお持ち帰ったのかよ」
「まーね」
「流石下半身が暴君。お前は?」
「さっき分かれてきたとこ。明日また会う約束したけど」
「はーん…………」
ツキン、ツキン、と腹が痛んだ。
「、」
手を止めて腹を服の上から押さえる。…………冷やしでもしたか?
そろそろ、潮時だろう。
随分長く世話になった気がしたが、祖父様達もそろそろ戻ってくる日ごろの筈。
家に帰ろう。夏休みの課題は全て終わった。
「おーい神田、出来たか?」
暢気な声を黙殺して、
「…………、」
一際大きく痛んだ腹を、無言で強く押さえつけた。
「…………へ? そうなんです?」
「そーなんだよな。もう祖父さん達帰ってきたんだってさ」
昼近くになり漸く戻ってきたアレンにデビットがユウが帰った事を説明した。
「ふーん…………」
そのやり取りを聞きながらクッションを抱える。
ユウがいない今、俺が感じているのは紛れも無い――――――安堵、だ。
嫌いな訳じゃない。
変わってるけど、イイ奴ではある。そう、嫌いじゃないんだ。
だけど、ユウを見てると変な気分になる。
…………きっと俺がユウを見る目は、女の子を見る目に近いんだろう。
…………無い無い無い、やめてくれ。俺はそんな危ない趣味無いさ!!
クッションを抱きながら激しく頭を振る。隣に居たジャスデロが奇妙なものを見る目をしていた気もするが、それは今はどうでもいい。
「そういえば、結局ラビ、最初に目つけた子じゃない方と一緒に行きました?」
デビットと会話していた筈のアレンが突然俺に話を向けてきた。
最初に狙ったのは紫色の浴衣に黒髪の映えた子。誘えば着いて来る感じではあったけど、結局俺はその子は駅に送り届けておいた。
そして昨日の夜、ユウには全然似てない、ふわふわな茶色の髪の小柄な子を連れ出して、抱いた。
少しでも共通点を見つけたら重ねてしまいそうで怖かったから。
「…………まーね」
少しでも余裕に見えるようににっこり笑ってやると今度はアレンが不気味なモノを見る目をする。皆してそういう目で人見るの、止めるさ。
「付き合うんですか?」
「まぁ、一応」
「おい、アレン賭けようぜ。今度の女は何時まで持つか、って」
「あ、いいですね。負けたらご飯オゴリで」
「待て待て待て、それ俺が圧倒的に不利じゃねーか! タバコにしようぜ!?」
「えー?」
…………他人事だと思って、こいつらは…………。
だけど、まぁ、いい。
本気じゃないのは事実だ。
変な感覚を忘れる為のこと。
それだけだから。
「――――――…………」
ジャスデロの無言の抗議にも近い視線には、気付かない振りをしておいた。
小説頁へ