午後の授業を全て休み保健室で過ごした俺は昇降口で思わず溜息をついた。
「…………、」
情けなく、恥ずかしい話だ…………。
結局俺はアニタ先生に問診され、結果生理痛という判断をされた。これまで全くそんな悩みとは無用だったから、全然予想も着かなかった。あんな死ぬかと思う程痛みは初めてだったんだ。てっきり盲腸かと想像したのに…………
出された市販の鎮痛剤を飲んだら確かにあっという間に痛みが引いたし、当りだったんだろう。
まだ少し痛む気もするが、電車で帰るくらいなら平気そうだ。
そう思って通学用の靴に手を伸ばし――――――
「…………つっ!」
バサッ
指先をじくりと刺した痛みに思わず靴を取り落とした。
「、」
指先には紅く丸い玉が一つ出来ている。
落とした靴を覗き込むと、かかとの辺りに一つ、セロハンテープで止められた画鋲があった。
気付かずに足を入れていたらと思うと…………。
「…………」
そもそも顔も知らない相手から向けられる悪意には辟易する。こんな嫌がらせをされるような心当たりは無い。
何だかな、とため息をついていると…………
「! ユウ!」
「!」
後ろから声を掛けられて振り向く。
そこにいたラビに、
「もう大丈夫なんさ? 病院行かなくて良いの? っていうかコムイとかに送って貰えば…………」
「大丈夫だ。問題ない。先生にそんな迷惑掛けられねぇ」
「だってユウ電車じゃん。電車の中でまた具合悪くなったらどうするんさ」
「大丈夫だっつってるだろ。…………多分」
「その多分ってのがアヤシイさ!」
ビシ、と指を突きつける。
「別に…………」
「俺この後待ち合わせしてるけど、時間まで暫く暇だから一緒に駅行くさ。ほらほら」
「わ、」
腕を引かれる。俺はまだ靴も履いてないのに…………
「早く靴履くさ」
「待て、中の、」
「中?」
勝手に話を進めるラビを止めて、靴の中から画鋲を取り外す。それを目にしたラビの表情は一転して苦々しそうなものだった。
「…………なにそれ」
「何処の誰とも知れん奴からの気の利いたプレゼントだ」
しかもこれで二度目だ。
「誰さ、そーいうつまらん事するの」
「俺が聞きてぇ」
事と次第によっちゃぶん殴る所だ。
靴を履き、ラビと共に昇降口を出た。
熱い風が頬を撫でていく。髪が煽られて乱れた。
「、」
右手で髪を押さえて風をやり過ごす。ふと隣を見ればラビと視線が合った。
「?」
「…………、行くさー」
「ああ」
「…………」
何でいい匂いするんさ…………?
ちら、と隣を横目で見る。
今日は風が強い。そして風が吹くたびに、隣から花の香りが漂ってくる。メンズじゃないしメンズだとしてもつけるタイプじゃなさそうだから香水じゃ無く、ただのシャンプーとかに違いないさ。
その発生源は、今は少し俯き気味にして歩いている。埃でも目に入ったんさ?
「…………」
折角忘れてたのに。
休みの間、こんな花みたいなのじゃなくて、もっとはっきり甘い香りの子の、マーブル模様に飾り立てられた爪に背中を引っかき続けられていた事で大分忘れていた筈なのに…………失敗した。
「? どした?」
「何でも、」
ふと、ユウの歩みが遅くなった事に気付いて振り向いた。
俯いたままのユウは、その場に立ち尽くす。
「もしかしてまた痛くなってきたとか?」
「…………」
無言の肯定。
原因は分からないけど難儀だ。
「どっかで休む?」
「、いや、いい」
「しゃーない。やっぱ家まで送るさ」
「大丈夫だ」
顔を上げたユウの顔色は明らかに悪かった。紙の様に白い。
「それ大丈夫な顔じゃないから。だから…………」
「いい。お前、恋人と待ち合わせしてるんだろ」
そこだけいやにはっきり聞こえた、気がした。
「まぁ、そうだけど」
「待たせるな、相手だっていい気はしないだろ」
「でも…………」
「大丈夫だっつってるだろ。ほら、」
ユウが指差した先は、道すがら俺が待ち合わせの場所だと言ったコーヒーショップだ。
駅までは、ほんの数十メートルしかない。
「電車の時間も近ぇ。だからいい」
「…………でも…………、」
「おい、お前な。同級生と彼女秤に掛けてこっちに傾いたらフラれても文句いえねーぞ」
ユウは今度は苦笑して、それから俺を追い払うようにして手を振った。
「じゃあな。付き添い悪かったな」
「あ、あー…………、うん」
ユウは俺を追い抜いて駅に向かっていく。
その時に感じた花の香りは、やっぱり誰の香水よりもいい匂いだった。
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