「ねぇねぇ」
ゆさゆさ。
「ねぇねぇ、起きてよラビ君」
「…………」
「起きてってばぁ。…………もー、」
べちゃっ。
「!? うわっ!」
突然の顔への濡れた感触に慌てて飛び起きた。
な、何さ!? 雨漏り!? 雨漏りしてんの!?
慌てて濡れた顔へ手を伸ばすと、それは確かな質感を持っていた。
「え!?」
何だこれ、濡れた…………タオル?
「あー、やぁっと起きた」
「…………へ?」
目の前でクスクス笑う女の子に、此処が何処だったか直ぐに悟った。
彼女の家に一番近い駅の、真向かいのラブホテル。
昨日俺の学校の駅前で待ち合わせて、メシ食って、カラオケ行って。
それから彼女の家に行く予定が、家族が帰ってきたとかどうとかでこっちに流れてきたんだった。
「濡れタオルはヤメテ、本当に死んじゃうさ」
「嘘? これで死ぬの?」
当たり前だろ。
そう言いたいのをぐっと堪えて笑顔を作った。
「…………、ガッコ行くの?」
改めて視界に入れなおした彼女は、色素の薄い茶色の髪をふわふわに巻いて、通っている近くの女子高の制服を着ていた。メイクだってバッチリだ。
「うん。うちのガッコ、出欠うるさいんだー」
コロコロと笑う姿は邪気が無い。たった今殺されかけた気もするけど、本当に悪気は無いんだろう。…………無いからこそ怖いんだけど。
「女子高だからしょうないんじゃん?」
「まあねー。だからそろそろ出ないと。ホームルーム遅れちゃう」
「あー…………」
そんな時間なんだ…………。
不自然に広いベッドの横の時計を見た。時計は八時を少し過ぎた辺りを差している。
「ラビ君もうちょっと寝てる?」
「…………やー、俺もガッコ行こうかな」
「ふーん」
興味なさそうに頷いた彼女は、ふと思い出したように軽く言った。
「あ。ねぇ、今日で最後にしてね」
「…………へ?」
最後? 最後って何が?
理解できてないのが顔に出てたんだろう。彼女は変わらない笑顔のまま続ける。
「だから、エッチするのも会うのも連絡するのも全部? あたし、彼氏出来たんだ〜」
「…………」
あ、俺多分今凄い間抜け面だ。
「彼氏居るのに他の男の子とこーいう事するのは駄目じゃん? だから、」
「へ、あの、ちょっと待って?」
「? 何?」
ちょっと待て待て待て。何サラッと言ってくれてんのこの子。
「えーと、…………どゆこと?」
「どーいう、って…………そのままだけど?」
ああ、暖簾に腕押し!
うっすら頭痛がする。
「だってさ、ラビ君だって別にあたしに本気じゃなかったでしょ?」
「そんな事無いさ」
「…………嘘吐き」
そこで、初めて彼女の声に非難する響きが混じった。
「本当は彼女、居るんでしょ? 嘘吐かないで」
「彼女なんか…………」
居ない。というか、一応この子のつもりだったんだ。
彼女は眉根を跳ね上げて、それから少し屈んで俺と視線を合わせた。
「嘘吐きは泥棒の始まりだよ?」
「、」
「嘘じゃないなら教えて。――――――『ユウ』、って誰?」
「――――――!」
鋭く息を呑んだ。
何で? どうして?
どうしてその名前を――――――…………
「寝てる時に何度も呼んでたけど」
「…………、」
…………。
頭が真っ白になる。
「誤解、さ。ユウは、学校の、男の友達で…………」
苦しい言い訳だ、と頭のどこかが冷静に思う。
「へーぇ?」
彼女は声を跳ね上げた。
「じゃあさ、ラビ君ってホモなの? あ、あたしとエッチしたくらいだからバイ?」
「…………え?」
「あたしとエッチしててイく時に呼ぶって事はその男の子とエッチしてたの? それとも、したかった?」
「…………、」
…………マジで?
俺、そんな事言ってた…………?
「まぁ、どっちでもいいけどね。あたし行くから。支払い宜しくね」
彼女はそう言うと立ち上がった。
その後姿を呆然と見送った俺には、彼女が入り口のところでバイバイ、と振った手のひらがいつまでも残像みたいに瞼に張り付いて取れなかった。
彼女のコロンの残り香は、やっぱりあの花の匂いじゃなかった。
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