クロスは盛大に溜息を付き、俺をちら、と見る。
「お前は? 怪我は見たところねぇが」
「俺は何も…………ジャスデロに呼ばれて仲裁行っただけだし」
呼んでもらって、本当に良かった。
あのまま放っておいて怪我でもされたら…………
「…………ったく、首輪でも付けとかなきゃならんのかアイツは」
「幾ら何でもユウ相手にはね…………だって、」
「…………」
俺がそこで言葉を切ると、クロスが俺を見た。
「『だって?』」
「…………あ」
あ。
やば…………
いやでも、クロスは知ってる…………よな? いやでもどうなんだろう、ユウのあれは、一体誰が知ってて誰が知らない?
だけど、きっとクロスは気づいてる。気がする。うん。だからきっと大丈夫、大丈夫…………。
「…………ユウ、女の子なのに」
「…………」
俺が言うと、クロスはもう一度溜息をついて。
「漸く気づいたか、節穴」
心底の呆れを籠めてそう言った。
「漸くって…………そりゃ確かに遅かったけど!」
むしろついさっきだし!
「お前ら揃いも揃って、アレだけ神田の近くにいてどうして気づかないのか逆に不思議だった」
「う…………だってさ、普通は思わないじゃん女の子なのに野郎の振りするなんて」
「それにしてもだ。気付いていて気付かない振りでもしているかと思ってたが…………少なくともあいつらは気付いてねぇな。気づいててやったなら症例集じゃ済まさんぞ」
「そうさね」
気付いていたら、アレンとデビット、特に変なところでフェミニストぶりを発揮するアレンが殴ったりする筈がない。アレンの女癖の悪さにはそこそこ定評があるけど、だからって暴力を振るうような奴じゃ断じて無い。付き合ってきた彼女と喧嘩する時だって黙って殴られるだけの奴なのに。
「…………ユウはどうして男の格好してるんさ?」
そもそもユウが転校してきた時に普通に普通の女の子の格好をしてれば何でも無かったんさ。俺はきっと極々普通にユウに恋しただろう。実るかどうかは若干自信ないけど…………。
「実家の昔ながらの慣習らしいがな」
言いながらクロスはブックエンドに挟まれて立てられているファイルの内一つを引きぬいて俺に放った。
受け取って中を見て、
「何これ…………寄付者リスト?」
それは学校に対する金やら何やらを寄付した人間のリストだった。尚且つご丁寧に金額や物の詳細まで記されている。
…………まぁ、少なくとも教師が生徒に簡単に見せていいものかどうかは大変疑問だ。
どうやら額の大きい順に載せられているらしい。
リストの一番上に載っているのはマナ・ウォーカー。アレンの親父さんだ。学校の外部理事だけあって流石に額がデカい。
そして続く二番手は…………
「神田…………」
これ、もしかしないでも…………
「神田の祖父さんだ。代々此処には強い影響力がある。それの力で、だ」
「はぁ…………」
まぁ確かにこの額持って来られたら、早々嫌とは言えんさ…………。
成程、この学校が施設の割には比較的学費が安いのはこういうのがあるからなんさね。まぁあくまで施設の割には、ってだけで他の私立の学校やましてや公立の学校なんかと比べたら、やっぱり目の玉が飛び出る位高いんだけど。
「ついでに言えば、体育教師全員と運動系各部活の外部講師は皆神田の道場出身者だ。中には現役の奴もいるか。…………あいつの実家が武道の宗家なのは」
「ああうん、知ってる」
あの広い道場と、広い家。
「まぁ、そんな事もある。中々そこからの頼みには否とは言えん。あの蝙蝠にそんな甲斐性があるか」
「蝙蝠…………」
…………学長だな、絶対。
「ところで、慣習って?」
「何でも成人するまでは性別を違えて育てないと子供が死ぬらしい。そんな迷信をご丁寧に信じている訳だ」
「はぁ…………」
何、それ。
この科学の時代にそんな迷信…………
「祖父さん祖母さんの世迷い事ではあるんだろうが、付き合わされる本人は堪ったもんじゃねぇだろ。こんな事が周囲の同級生にでもにバレてみろ、卒業まで針の筵だろうな」
「それは…………そうさ」
きっと、白い目と好奇の目に晒される事だろう。
「流石にそれは祖父さん達も分かっているらしいな。神田の件がバレた暁には俺達の給料下げるっつーんだからな」
心底嫌そうに言ったクロスの台詞に思わず眉が跳ね上がった。
「え。それなんつーとばっちり?」
「全力でフォローしろって事だろ? つまりだ」
そしてクロスは片頬だけで笑った。
「気付いたお前には全力で神田をフォローしてやる義務がある。あいつ自身と…………」
それから肩を竦めて嘯く。
「俺達の給料の為にな」
「うーん後者はどうでもいいっちゃどうでもいいさ」
「馬鹿野郎、うちはただでさえ大食らい養うので精一杯なんだよ、これ以上苦しくされてたまるか」
「ってあんたアレンの親父さんから生活費受け取ってんだろうに」
海外を飛び回る親父さん、マナ・ウォーカーの代わりとしてクロスがアレンの面倒を見ているのは周知の事実さ。
「あんなんで足りるか」
「どーせ使い込んだんでしょ。女とか酒とかに。…………まぁそれはともかくさ、」
「フォローは、全力でするさ。卒業式の日まで、ね」
そして無事にその日を迎えたなら――――――
告げてみようか、この胸の内を。
小説頁へ