「ねぇ、神田君」
「?」

 五限目の授業中。
 隣の女子が、小さな声で話しかけてきた。

「あのね…………。余計なお世話だと思うけど、あんまりラビ君や、その近くの人に近づかないほうが良いよ」
「…………?」

 その言葉に思わず前の席を見る。
 教壇前の席は、またもや空席だ。

「二年生の双子の子とか…………何かね、嫌な噂しか聞かないの。誰々と喧嘩したとか、そんなのばっかり。先生達も手を焼いてるみたい。ラビ君も、開学以来最高の頭脳だとか言われてるけどそうじゃなかったらとっくに退学になっても可笑しくない事ばっかりしてるし」
「…………」
「それにね、一年生の頃なんだけけど、クラスの学級委員だった男子がラビ君達に虐められて学校辞めたって噂もあるの」
「…………噂、?」
「本当の理由なんて言えないでしょ? 特にそんないじめなんて…………。だけど、辞めるちょっと前位に随分その子とラビ君、トラブルになってて。辞めちゃった子に同情する声も多かったけど」
「…………」

 …………それが本当なら嫌な話だ。
 本当なら、だが。

 まぁ確かに今日の昼間のこともある。
 やりかねない、と思えなくもない。
 だが直接この目で見ていない事、それも過去の事に対して俺が批難出来る訳でもない。
 関わり合いになりたくないというのは事実だが。

「…………ああ」

 軽く頷くだけの返事をして、それから前の黒板に視線を戻した。








 学校長室でどっかりと不遜にソファーに陣取って、手渡された資料をぱらぱら捲って中身を頭の中に叩き込む。
 直ぐに最後のページに辿り着いたから、その資料を机の上に放り出した。

「…………そちらの学部長が、直々に君と話をしたいとの事だ」
「へーぇ…………別に良いけど?」

 海外の、子供でも名前を知ってる有名大学だ。世界的な大学のランキングでも上位三位に食い込むだろう。

「そして本校を卒業後は是非、とも仰っている」
「ま、そっちは考えとくわ」

 その気無く返事した。
 別に本気で入学したければわざわざそんなコネみたいなの使わなくたって、堂々正面突破できる自信があった。
 そもそも有り難いのかそうでもないのか知らないが、既に国内外多くの大学から声を掛けられているから別に今度の件だって珍しい事ではない。別段やりたい事も無いから、何となくは幼い頃からアメリカで暮らしている従兄のディックが通っている大学にしようか、くらいだ。
 それだって正直ディックがいなければどうでもいい大学で。

 大口開けて欠伸すると、傍にいたコムイが少し苦い顔で学校長に言った。

「しかし、校長。余りこういった物は…………」

 他の学生の目もある、良くないのでは、と言外に告げるコムイに校長は鼻で笑うような顔をした。

「何を言っている。君とて、部活動に熱心な生徒に推薦の話が来れば喜ぶだろう? それと同じ事だ」
「…………それは…………ですが、」
「それに考えてみろ、あの大学に本校から進学した生徒が出たとなれば本校の名は益々挙がる事だろう」
「…………」

 コムイが今度は少し、ではなく確実に渋い顔をする。
 
 …………別に今更だ。
 とっくの昔に周囲から浮いている。――――――今更そんなのがあったところで周囲の俺への評価は変わらないし覆せない。
 ディックは通常の学制の中に居る俺を羨ましがってたが、そんなのディックの妄想だ。
 何がイイものか、こんな状況。

 こんな事なら、最初からディックと一緒にアメリカ行ってれば良かった。

 そこまで考えて、いやしかし、と首を振った。
 そうしたらあいつらとは逢えなかった。
 数少ない俺の友人。
 顔を三つ思い浮かべて、嘆息する。

 そんな俺には続いた校長の台詞は顔色を変えるのには充分すぎた。

「そういえばラビ君。君は随分二年の『あの』双子や、一年のウォーカーと親しくしているようだが」
「…………」
「正直感心しないな。彼らの素行不良は目に余る。前途ある君にはもっと相応しい友人がいるだろう?」

 いねぇよ、そんなもの。

 胸中で吐き捨て、無表情で校長の背中を見る。

「君と親しくなりたい、そう思う人間は多いはずだ。何と言っても…………」
「校長。間も無く六時間目の授業ですので」

 話を、コムイが遮った。

「ああ、そうだったか。コムイ君、ウォーカーと双子の生活指導は君に頼むよ」
「…………分かりました。ラビ、教室に戻りなさい」
「…………あいよ」

 コムイと揃って校長室から出る。
 コムイが後ろ手にドアを閉めたその音が心持ち大きかったのは苛立ちによるんだろう。多分。

「アレンとジャスデビの指導なんてコムイの仕事じゃねーさ」

 …………しかもそれは生活指導という名の、あいつらへの牽制さ。
 俺に近付くな、という。

「…………生憎そんなつまらない事に使う時間は無いんだよ。ただあの二人はこのままだと留年しかねない。『進路』指導するから、見かけたら僕の所に来るように伝えてくれ」
「…………はいよ」 

 あの二人もコムイの呼び出しになら応じるだろう。自分の担任だったら意地でも行かないだろうけど。

「校長にああ言った以上、六限目の授業は出るんだよ? じゃあ、また」

 コムイは校長室の隣の職員室に入っていく。その背を見送って、仕方ないから俺はHR教室に向かった。 



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