「ぎゃあああ!」
「うわぁぁぁ!!」

 至る所で阿鼻叫喚だ。
 客引き、って…………客引きじゃなくてこれじゃ拉致じゃねぇか…………。

 客引き第一陣はそこらにいたんだろう客を無理矢理担ぐようにして連れて来ていた。その中にはラビの姿もある。

「はいはいオニイサンサービスするよー!」

 …………ラビ…………。
 あいつ、楽しそうだな…………。
 俺は、ちっとも、何一つ、楽しくない。むしろ軽い悪夢だ。
 …………こんなの祖父様達が見たら卒倒するだろう。
 隅っこから生温く教室内の惨状を見守っていた俺に女子からの指示が飛んで来た。

「神田君、これ運んで! これが三番、こっちが五番で、これが七番ね」
「…………悪い、もう一度言ってくれ」

 覚えられん。

 俺が注文された物を運んでいくと客が目を剥いた。…………言いたい事は分かる、気持悪いだろうが耐えろ。
 えーと、あー…………何だったか、これ…………

「…………」

 注文されたのが何だか分からなくなった。仕方ないからそのまま黙って置いてくる。
 逃げ戻ってくると周囲の何か言いたげな視線が突き刺さった。…………接客業には向いてねぇな、俺は。
 早く交代の時間にならねぇもんか、と時計を睨みつけていると、聞き慣れた、そして聞きたくない声が聞こえてきた。

「あれ…………結構流行ってますね。びっくりしました、イロモノ企画だとばっかり」
「アレン、それ思っても言うなって」
「ヒヒッ! 何? 何があるの?」

 …………あいつら…………懲りねぇな…………。

「あれ、来たんさ?」
「おうよ、指名してやるって言っただろ?」
「残念だけどそういうシステム、無いけど」

 確かに。

「ええー?」
「そうなんですか?」
「んなもんあったら偏るに決まってるしさぁ…………」
「ああー…………」
「成程…………」

 何やら納得しているらしく奴らは頷きあい、それからこっちをちら、と見た。知るか。

「それはそーと、来たからには注文注文! 何にする?」

 楽しげにメニューを覗き込んでいる奴らに、何が楽しいのやら、と小さく溜息を付いた。







 それは突然だった。
 突然過ぎて、何が何やら、それが「そう」だと気付くまでには時間が必要だった。
 知覚した瞬間、触れられたところから背中までにザワリ、と悪寒が走る。

「――――――!」

 怒鳴るつけようとして、けれど飲み込んで黙った。此処で暴れたら注目を集めるし、なによりこれ以上クラスに迷惑を掛けるのもどうか、だ。
 人の腰のあたりを撫でて来た変態野郎は睨みつけておくだけに留まる。
 だが、それをどう解釈したのか、今度はさらにさり気なくを装って手の甲で触ってきやがった!

 くそ、この野郎…………!

 一度ならず二度も…………!

 先程のクラスへの配慮は消え去って、蹴り飛ばしてやる、そう片足を軽く浮かせたとき。

「おい何やってんだよ変態野郎」
「男性の腰を撫で回して何が楽しいんですか変態さん」

 背後から現れた、別のテーブルに居た筈のデビットとモヤシが、両側から変態の肩を掴んでいた。
 俺自身も肩を掴まれ、反射的に見返すとそこにいたのはラビとジャスデロだ。痛くない程度の強さで後ろに引き寄せられて、俺は奴らの後ろに回る。
 まるでこれじゃ、庇われてるみたいだ。

「い、や、別に、」
「あん? テメェは別にで人のケツ撫で回すのかよ? オマーリさーん、こいつ痴漢デスヨー」
「デビット、もうちょっとオブラートに包みましょうよ」
「腰撫で回すもケツ撫で回すも一緒だろ」
「まぁ一緒なんですけど」
「じゃーどっちでもいいじゃねぇか。…………所でちょっとツラ貸せよ変態野郎」

 モヤシとペラペラ喋っていたデビットが、半笑いのまま変態の二の腕を掴んで無理矢理立たせた。そのまま二人掛かりで引き摺るようにして何処かへ連れて行く。
 それを見た同級生の野郎共の何人かが、奴らに続いて出て行った。
 突然の修羅場の所為だろう静寂の後、一呼吸分置いて周囲の喧騒は復活する。

「…………大丈夫? ユウ」
「え、…………あ、ああ」

 消えてった先のドアを呆然と見ていた俺はラビのそんな声に我に帰った。
 翠の双眸が、心配そうに細められている。真正面からそれを目に入れてしまい思わず気不味くて視線を逸らした。
 それをどう解釈したか、ラビは俺の背を撫でる。撫でられた所から悪寒が引いていくような、不思議な感覚があった。

「ヒヒッ…………あれ、外部だったね」
「そうさね。ったく、変なの通すなっつーの」

 心配そうな顔から一転、心底忌々しそうにジャスデロに頷いたラビは、

「俺も殴ってくるかな…………」

 小さく呟いた。

「いや、殴っていいなら俺がやる」

 そんなもん、お前の手を借りることは無い。
 
「あはは、流石。…………最初我慢してたでしょ」
「まあな…………騒ぎになるだろ」

 但し黙ったのは一度目だけで、二度目はあと数秒遅かったら俺は確実にあの変態を椅子ごと蹴り倒していた。
 
「ああ…………怖くて黙ってた訳じゃないんだ…………そりゃそっか」
「…………はぁ?」

 …………何だその勘違い。こいつ、俺が変態に遭遇して泣き寝入りすると思ってんのか?
 俺に妙な真似をしでかした奴の末路を実際に目にしたことがあるジャスデロをちら、と見た。…………ナイナイ、と手を振っている。
 
「ちょっと早いけど、休憩入っちゃおうか」

 ラビの無責任にも聞こえる言葉に頷き、俺は接客スペースとは衝立で区切られた控え室に飛び込んだ。


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