「だるい、面倒臭い、だるい、面倒臭い」
「うるせぇ」

 ぶつぶつと呪文のように繰り返すラビを睨む。面倒なのは俺だって同じだし、今ここにいる全員がそうだろう。

『卒業生、起立』

 進行役の教師の号令で俺達は一斉に席を立つ。揃わなければ何時までも続く、と脅されているから皆そこそこに真面目だ。だらだらやってこれで一時間潰されるくらいならきっちりやって十五分で終わらせたい。
 大体必要なのか、高校生にもなって卒業式の予行練習って。小学生ならまだ分かるが。
 いや一応理由は分かっている。名門進学校と謳われるこの学校からは政治家や財界の著名人などが出ている。そういう奴らが来賓として招かれる以上、学校の格が落ちたとは絶対に思わせられない。そういう事だ。

「だぁってユウ、見てよあそこ」
「?」

 ラビが指さした方を見る。と、そこにはがら空きの教師用の席で…………。

「何でクロス先生が」
「居るのはいーさ、居るのは! でも何で寝てんの!? 俺だって眠いっつーの!!」

 …………。本当に、何で寝てるんだろうかあの人は…………あ、コムイ先生が起こしに行った。
 あの人も結局良くわからない人だ。
 首を傾げるとラビと逆隣にいる別の奴が訝しげにこちらに視線を向けた。避けるように視線を逸らして、前を向く。
 退屈な時間が過ぎていく。






「? ジャスデビ達は?」
「まだ授業中さぁ」

 揃ったからと体育館から解放され、授業時間の残りは好きにしていていいという沙汰があった。
 時間としてはまだ四限目の時間帯だ。三年以外は授業中なんだろう。見ていれば、早い昼休みに出掛けていく者と勉強に精を出す者が半々だ。俺達は昼休み組。――――――そんな余裕があるのか、と思わないでもないが。
 三人を待つつもりはないらしく、ラビは早速屋上に来る途中によってきた購買のパンが入ったビニール袋に手を突っ込んだ。
 それと缶コーヒーが大体いつものラビの昼飯だった。栄養的にどうなんだ。
 俺も自分の弁当箱の蓋を開ける。今日は昨日の筑前煮の残りだ。全体的に茶色い。
 人参を箸で摘まんで口に入れると、丁度こっちを見たラビと視線があった。

「…………?」
「ユウの弁当っていつも美味そう」

 まぁ不味くはないと思う。ただ、大体何時も前日の夕飯と中身は同じだ。朝は朝で道場で鍛錬する俺には朝に弁当を作る時間はない。作れて一品、後は常備菜と残り物を詰めるのが精一杯だ。
 ラビが暫く俺と俺の手元を見る。くれ、と目線で訴えられて、俺は溜息を吐いた。

「…………ほらよ」
「わーい」

 出汁の風味を聞かせた塩気の薄い煮物が果たしてジャンクフードばかり食べているような奴の口にあうのかは知らないが。

「ユウは将来良いお嫁さんになれるさ!」
「…………っ、はぁ!?」

 そうかよ、と流し掛けて慌てた。

「誰が嫁だっ、…………!!」

 くっそ、もっと上手い返し方は絶対ある筈なのに!
 なのに、全然思い浮かばない。 こんなに動揺してどうする。ラビは笑っているだけだ。口にしたのは、ただの戯れ言。
 
 そんな事は、とうに分かっているはずなのに。

 勘違いだ。
 こいつは俺の事を男だと思ってるのに。
 …………期待させるようなことを、言うから。




 勘違いしたって何も良いことは無い事なんて、俺自身が一番知っている筈なのに。




 帰宅するなり祖母様から「手紙が来ていたから」と渡された便箋を持って部屋に戻る。
 送り主は父上と母上だ。異国の地から送られてきた手紙なのに筆ペンを使って書かれている事が、いかにもあの人達らしい。先日は祖母様が味噌を送っていたのをふと思い出す。
 中身は留学準備は順調かと尋ねる内容と、俺の卒業式に合わせて帰国できない事への謝罪が書いてある。高校生にもなって親に出席してほしいと思っている訳ではないので特に問題はない。
 順調かと言われれば、まぁ順調だろう。元々一番にして最大の問題は語学だが、幸いにも近くに母国語かそれに準ずるくらいに使いこなせる奴らばかりだ。帰って来る途中の駅の中でも、モヤシからは長文の英文が来ていた。最後には「今夜中に和訳して送り返すように」とまで書かれていた。
 ラビはまだしもモヤシの世話になるのは微妙、いや心底気にくわないが、贅沢を言っていられる身分ではない。国内での大学受験よりは入学時期の関係でチャンスが多いとはいえ、予定通りに行かなければ無駄に時間を捨てる羽目になる。
 今日やる予定の参考書をそっと触れた。未だかつて、俺の参考書がこんなに使い込まれたことはあっただろうか。中学生の頃は跡を継ぐ予定の家業にも通じる部活に精を出していた。転入前の元の学校も、部活での推薦で入った位だ。
 留学なんて話がなければ、今でもあの学校でまだ竹刀を握っていたかもしれない。

「…………。飯喰って、とっととやるか」






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