この教団に、49番目の名前で来たのは少し前。
 それは此方側として裏歴史を綴るためであり、それ以外の何物でもない。
 けれど、そのつもりで訪れた此処で、俺達はもう一つ見逃せない物を見つけた。
 
 神田ユウ。年はタメの16歳。
 漆黒の髪。漆黒の瞳。
 漆黒の特徴的な刀。
 教団初の、「日本人」エクソシスト――――――。

「あの」閉ざされた国の人間なのだという。
 ブックマンの一族をもってしても、バチカンの威をもってしてもけして開かれない、閉じた国。
 中にはアクマが犇いているという――――――

 興味が無い訳が無い。
 あのちょっとした空想上の生き物扱いの日本人が、こんな所にいただなんて。
 幸い俺達は年が近かった為か任務で組まされる事も多く、また警戒心があるんだか無いんだか分からないユウの性格で、探索部隊あたりから聞いていた悪評からすれば拍子抜けするほど簡単に御近づきになれた。
 そんな俺、将来有望なブックマンJr「ラビ」は任務と任務の間の短い休暇の中で、最近立ち入る事を許されたユウの私室でユウに日本について聞き取り調査を行っている訳さ。

「おかしいといえばおかしいことだらけさ。…………日本という国は」
「…………そうか?」

 ユウは、普通だった。自分の祖国をおかしいなどと言われれば、もっと否定するなり何なり…………怒るなり、あるだろうに。
 不可思議そうに首を傾げ、はて何処がおかしかったか、そんな事を考えている顔だ。
 
「人口割合、国の中にはアクマが九割、人間が一割――――――」

 正直、その割合に信憑性は無かった。
 アクマが十割と、言われたほうが「まだ」納得が行く。
 けれど、現実にいたのだ。その「一割」に属する人間が、「神田ユウという名の日本人」がこの黒の教団に、そしてこの目の前に。
 ならば、聞かねばならない。記録者の一族としては。
 何としても。
 
「何で、どうやってその一割は生きてるさ?」
 
 これは、聞きようによっては失礼な質問かもしれない。相手に向かって「何故お前は生きている?」なんて、つまらない物語の中で悪役が殺し損ねた主人公に言うような台詞だ。
 
「ああ、そういう――――――事か」

 ユウは俺の質問の意味が判ってくれたようで、ゆっくりと頷いた。頷いて…………さもどうでもいい事のように、つまらない些事を語るように答えた。

「それは、敵じゃないから」
「…………敵じゃないってどういう意味さ?」

 その、意味は。

「えーと。…………どこから説明すれば分かり易いんだ? こういうの面倒くせぇ…………」
 
 しばらく下を向きながらユウはブツブツ呟いて、そうしてから顔を上げた。

「物凄く端折って説明するとな、」
「うん」
「日本は、現存する日本人は全員千年伯爵側だ。だから殺されない」
「――――――…………ユウちゃん、お願いだからもちょっと説明プリーズ」
 
 それは、予想しようとすれば簡単に出来たことだ。
 アクマには殺人衝動と、イノセンスの破壊欲求がある。故に人を殺し奇怪を起こす。
 だが、その本能的な物を統制する方法だってある。――――――千年伯爵と、ノアの一族。彼らが命じれば、アクマは殺さないのだろう。
 だけど、――――――何故?
 
「あの国では森羅万象全てのものに神が宿ると考える。空にも大地にも水にも炎にも、食物一つ一つにも建物にも、木にも草にも。――――――そして死後の人間は神になる。八百万とも言われるだけの数、神がいる」
「…………」
「故に、ノアの一族の信仰する神も、また一つ」
「――――――…………」

 極東の小国の宗教のことだ。紙の上では知っていた。彼の国は異様なまでの寛大さで全ての神を受け入れる。
 そこに善神悪神の区別など無く。

「あの国じゃ全く不思議なことじゃなかったんだ。――――――だからこそ日本はノアを受け入れた」

 だからか。
 だから、千年伯爵は。

「ああ、でも一つだけ。絶対に受け入れない神もいたな」
「――――――…………」

 ああ、そうなんだろうさ。
 これまでユウが聞かせてくれた話と、「ユウがここにいる事実」を重ね合わせれば――――――

「――――――バチカンにある、唯一神は」

 そう言いながらユウは愛刀を撫でた。
 柄だけでなく刀身までも漆黒の、――――――イノセンス。
 いつだったか聞いた、「どうしてユウはここにいるの」と。
 それの答えだ。本当の意味で、混じり気無しに、言葉通りの意味だったのだ。「適合者だったから」というのは。

「――――――何で、日本の人はイノセンスを受け入れないさ?」

 これは先ほどまでと違って明確な答えなど求めていない言葉だ。
 一割といっても相応の人数。彼らそれぞれに考えがあったからこそ彼らは一割として生き残ることが出来たのだろう、と。
 けれど、それにも先程と全く変わらぬ様子でユウは気軽に答えた。

「それは――――――当然じゃねぇか」
「何で?」
「バチカンは、イノセンスは唯一神だろ? だったら」


「 これ を信仰した時点で他の八百万の神々を受け入れる事っていうのは、出来ないんだから」


「――――――っ!!」


 息を呑んだ。
 ああ、どうして何故。観察者の一族を名乗りながら自分も、そしてあのジジイでさえも、こんな単純明快にして至極正当な答えが導き出せなかった!?

 十字軍遠征、熱狂的再征服。宗教弾圧、魔女裁判。
 世界には宗教も信仰される神も様々だ。様々だけれど、――――――博愛を歌う割りには「あの」宗教ほど排他的で、好戦的な宗教があっただろうか? 
 唯一神、故にけして他の神など「認めない」。偶像虚像異端様々な言葉を弄して、けして「認めない」
 唯一神こそが唯一絶対であると、そして全ての人間はその従順な僕であるべきと。
 何て、――――――何て傲慢な考え方。
 正に狂信、狂信者というのに相応しいだろう。
 有史以降、その思想で世界の至る所で血を流したのだから。

 咎は、責められるべき咎は、「此方側」にあったのだ。

「じゃ、じゃあ、どうしてユウは、――――――ユウは此処にいるんさ?」
「そりゃ前も言っただろ、適合者だから」
「ああ、違うそうじゃなくて、…………そうじゃなくて。――――――どうして、此処に「いられる」?」
「……………………」

 ユウが小さく笑った。
 だけどその笑顔はけしていつものようなものじゃなくて、諦念と悲しみと、憎しみを全て混ぜ込んだような。

「俺が「神田の直系血族」である事と「イノセンスが六幻」である事と俺が「適合者」である事、どれか一個でも欠けてたなら――――――俺は此処にいなかっただろうな」  
「――――――じゃあユウは、」

 情け無いほどに声が震えていた。なんて滑稽。なんて醜悪。これでも次期ブックマンか。

「此処に来て、幸せだった?」
「――――――さぁ? 正直、どうでもいい」

 その答えが、全ての答え、だったのだろう。俺はユウにどんな答えを期待していたのだろう。
 それ以上の質問も会話も全て放り出して、――――――俺は目を閉じた。



(所詮彼にとっては全てが無意味だったのだろう、彼が言うとおり。何処にいても何をしていても変わらない。そういう、事なのだ)



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