「―――――――神田、どうしたの?」

 そう問いかけると、その漆黒の影はゆるり、と此方を振り向いた。




 鉄錆のような血の匂い。
 黒を基調とする彼だから気付かないけれど、どれくらいの返り血を浴びたのだろう?
 彼は振り向いたきり、動かない。

 報せを聞いたのは、ついさっき。
 ――――――同じ任務に就いた神田の様子がおかしいと――――――

 悲惨な話だった。
 貧しさの余り薬を買うお金すらなかった幼い兄弟達に、大人達がどちらか一人が千年伯爵の人形にすれば母親は助かるのだと吹き込んだ。
 兄弟は母親が助かるならと喜んで犠牲になり、かくして生まれたアクマの対価として大人達は伯爵から金品を受け取った。

 探索部隊の話によれば彼はその場にいたアクマを全機破壊して、そして。
 アクマを作り出させた人間をも、殺した。 
 皆殺しにした。

 ぱたり、ぱたりと血の滴が地面に吸い込まれていく。
 その血が彼のものなのか人間のものなのかアクマのものなのかは、彼にしか分からない。
 私には、分からない。
 どうしてその左肩が、明らかに刃物で切り裂いたかのような傷になっているのか、とか。
 聞きたいけれど、それは聞けない。

 纏う空気は――――――虚無。
 
「―――――――…………」

 ジャリ、と足元の砂が彼に踏まれて鳴った。
 それと同じくして視界の隅で「何か」が動いた。
 動いた、とようやく認識できたその瞬間には、

 それはもう物言わぬ残骸に成り果てていた。

「―――――――神田」
「…………」
「、帰ろう…………?」

 相変わらず神田は私を色の無い視線で見つめている。
 いつだったか、誰かが言っていた。
 むしろ、アクマより余程―――――――と。
 けれど私はそうは思わない。
 神田はアクマなんかじゃない。
 兄さんに会いたいって泣いた私を慰めてくれたのは、教団の庭から花を持って帰ってきてくれていたのは神田なんだから。
  
 私は、貴方を信じてる。

「―――――――…………」

 
 やがて一人踵を返した彼の背を見送って、私は―――――――安堵に涙が零れた。

(まるで遠いところに行ってしまっていたみたいだったから、安心して)




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