思えばそれは必然だったのかもしれない。
その存在が、あの男児がこの世に生れたという事。
三百万の日本人と、その九倍のアクマと、そして彼らの言う所の真実なる神に選ばれたノアの一族、そして世界最大の残酷な神の狂信者からは敵視されている千年伯爵という存在、全てから祝福を受けるという、非常に稀有な生まれ方をしたのだ、と思う。
三百万の民は彼らの支配者の下に新たなる良き、健やかな御子が無事に「御生まれになった」事を喜んだ。
二千七百万のアクマ(とはいえ自意識を持たないアクマもいるのだからこの数字は非常に信憑性が無い)は、彼らの主の友人たる存在に長じれば「同じくそうなるであろう」子が生まれた事を喜んだ。
十三人のノア(とはいえその場に全員が出揃っていた訳ではない)は、まぁ、アクマと似たり寄ったりの理由で喜び、
千年伯爵は非常に単純明快に、友に愛し子が生まれた事を喜んだ。
しかもその日はお誂え向きに「彼等」と「我等」の敵が悪魔の子が生まれた日、などと呼ぶ日だったのだ。
――――――本当に、なんてお誂え向きな、整えられたお膳立てされて計算され尽くした、そんな誕生だったのだろう。
健やかに産まれた御子は健やかに育ち、そして下々の子供達がようやく一人歩きを始めるような時期にはすぐに得物を持たされた。筆を持つより先に得物を持たされたのは武士であり七神一族の刃とも謳われる神田の姓を冠するゆえだろう。一族の習いとして武芸十八般―――――――即ち、弓術・馬術・槍術・剣術・水泳術・抜刀術・短刀術・十手術・銑マ術・含針術・薙刀術・砲術・捕手術・柔術・棒術・鎖鎌術・?術・忍術を仕込まれ、そして期待に応じるようにその子供はそれらを吸収し、齢五つを重ねる頃には他家の大人を彼等の半分も無い身の丈で圧倒した。
誰もが信じて疑わなかった。良き跡取りが出来たことを、叔父上もあの方も、さぞや誇りに思っていただろう。
―――――――なのに…………。
あんなものが無ければ良かったのに、と今でも憎く、思う。
ある日突如としてあの子が握り締めていた刀。我等の友に害を為す、我等の敵たる者共が神の結晶と呼ぶモノ。
―――――――それを操りうる人間は、神の使徒と呼ばれる、我等の怨敵。
生かしては、おけない。
疎ましい事では在ったけれど、そういった事が無かったわけではない。
時には下々の者の間に、そういう存在が産まれる事があった。
けれど彼等は皆生きることを赦されなかった。けして。
だけど この子はそれでも 私の、
『足を潰し腕を潰し、目と喉を潰して座敷牢にでも放り込んでおけ。…………さすれば如何に怨敵といえども、我らに仇なす事も叶わぬだろう』
…………それは寛大な処置かもしれない。これまでの「奴ら」の適合者は皆処刑されたことを思えば、生き延びる事を許されるだけでも確かに寛大だろう。
事実、異例とも思えるその処置は一族の間でも物議を醸しだしている。
けれど。
それは果たして、本当に生きていると言えるのか?
『すまぬ…………後は、お頼み申す』
『叔父上、』
『…………あれを、どうか。物言わぬ肉人形とする位ならば…………そなたが斬ってやってくれ』
…………怨敵の子を産み出した罪を償うため、と自害した叔父上。託された幼い従弟。
一族の者として、神田の継嗣として家からでたそれをどうすべきかなど知っている、
知っていてもどうしても腕は上がらない。
一族を裏切ることに、最早躊躇いはなかった。
二度と祖国の土を踏めずとも、
二度と縁者と逢うことが叶わずとも、
裏切り者と汚名を背負う事になったとしても。
後悔など、しなかった。
(お前が生き延びるためならば、私は何にでもなろう)