結界の外。
腐海を越え、たどり着いた先。
肌を刺す、敵意と殺気。
それに怯えて裾をきつく掴む小さな掌の存在。
これしか道は無いと、知っている。
「ようこそ。…………と言うべきか」
こちらを睨み据える人間。
武器を構える人間。
少女の形をしたあれは…………人ではないだろう。
どの道、私が怪しい動きをすれば直ぐにでも襲い掛からん、と言わんばかりだ。
「歓迎など私には結構。…………あるとするならば、この子へ」
「…………兄様…………?」
不安そうに裾を掴む従弟を、安心させる為に微笑んだ。
「大丈夫だ。――――――良く聞きなさい」
小さな身体の目線に合わせ、屈みこんだ。
「これからお前は、此処の世話になるんだ。此処にいるのは皆お前の仲間となる」
「…………。」
「お前の事を、ある方に頼んである。その方の仰る事を、よくよく聞くのだよ?」
「…………はい…………」
こくり、と頷く。
だが不安と疑問を抱えているのは、その顔を見れば直ぐにそうと知れる。
「兄様、」
「うん?」
「此処は、どこなのですか?」
「――――――…………」
何も知らせず連れてきた。籠められていた小さな座敷牢から。
大半を眠って過ごした以上、此処があの箱庭の外である事すら理解していないのだろう。
「此処は、黒の教団の支部の一つだ」
「黒の教団――――――、」
…………瞳の色が、変わった。
私と同様、この子もまた神田の子として刷り込まれている。生まれた時から。
敵は全て、薙ぎ払えと。
その異変に周囲に動揺が走った。
「敵、」
「ではないよ。ユウ」
「…………」
差したままの腰の剣に手を伸ばそうとしたユウの手を、掌で押さえた。
「ユウ。お前はね、此方側の人間なんだ。…………私達とは違う」
「!」
びくんっ、と小さな身体が、震えて跳ねた。
「お前はそのイノセンスに認められた適合者なんだ」
「え、」
「ユウ。お前は、エクソシストなんだ。――――――お前は、七神や千年公の敵なのだよ」
「――――――!」
そう告げると、ユウはその表情を凍りつかせた。
無理も無かった。
生まれた時から薙ぎ払うべき敵として数えられていたのは二つ。
一つは七神の治世を乱し善良な民に害を与える、七神の意に添わぬ逆賊共。
もう一つ。信仰と従属を強制する、バチカン、並びにその全ての付属の団体――――――特に、実行部隊とも言える、黒の教団。
「…………あ、ぁ…………」
嫌々をするように首を振るユウを、その頭ごと抱き寄せた。
これが最後、と心の中で思いながら。
「ユウ。…………どうか、生き延びてくれ」
いつか、あの方々と戦場にて合間見える事になるかもしれない。
いつか、あの大地を踏み荒らす敵となるかもしれない。
だけど、それでも。
それでも、お前が大切だった。
「ティエドール元帥がお着きになりました、」
「!」
取り囲まれていた人垣の、外から声がした。
ざっ、と人垣割れて、その新たな人間を迎え入れる。
あからさまにほっとした表情の彼らに、思うところは今更無かった。
「ティエドール元帥、」
「やぁ、こんにちは」
怨敵同士の邂逅だというのに、敵意を見せない。
…………それこそが、一つこの相手を選んだ理由ではあるけれど。
「…………その子が以前話していた適合者の?」
「ええ。…………ユウ、ご挨拶しなさい」
「…………。」
ユウは凍りついたきり、動かない。
無理も無い。
生まれた時からの刷り込みは、そう簡単に消えはしない。
ただ制止されているから、辛うじて斬りかからないだけだ。
「ユウ。」
名を重ねて呼べば、びくり、と震えた。
「…………はじめ、まして、」
「こんにちは、ユー君。君の事は、お兄さんから聞いていたよ」
にこにこと笑うティエドール元帥の下にと、ユウの背を軽く押した。
恐る恐る近寄っていく。
…………元帥が頭を撫でようとした瞬間、びくっ、と震えて硬く目を閉じた。
「…………怖がらせてしまったね、ごめんごめん」
温和に笑うその相手に、ああ矢張り、この相手ならば、と思った。
きっとこの人ならば、ユウを未来へと導いてくれるだろう――――――と。
(そこに、私はいなくとも。)