「あれ、神田殿だ」
「珍しいな、お一人か?」
ざわ…………と、騒がしい朝食時間帯の食堂に、それまでとは種類の違うざわめきが起こる。
長い黒髪に同じ色の刀。
教団では珍しいアジア人の内、更に稀少とも言える日本人エクソシスト。
整った美貌の涼やかな出で立ちだが実際にはかなりの短気である事と、普段は特に何も考えていないことは最早教団中の既知の事実である。
「声掛けてみたいもんだ」
「やめとけよ、殺されるぞ」
一人のファインダーが腰を上げかけるとその隣の人間が慌てて彼を諌めた。
エクソシスト神田ユウ。
教団史上、彼は最も多くの――――――
「ああああっ、神田ぁ! こんなところにいたんですねっ!?」
「一人でご飯なんて寂しいことしなくてもいいじゃない」
「ははは皆してうちのユー君の虜だねぇ、まぁ当然だよねマー君?」
「…………はい」
「神田君、ご飯一緒してもいーい?」
「室長、仕事して下さい! 飯(を神田と)食いたいのは分かりますけど!」
「…………うるせぇ…………」
信奉者を抱えていた。
さて食堂の入り口で固まるというなんとも迷惑千万な行動に及んでいる彼らだがそんな彼らに注意できるような人間はいない。
教団司令官のコムイ・リー科学班室長。
「あの」神田ユウの師匠であるフロア・ティエドール元帥と、その弟子ノイズ・マリ。
そして十代にして臨界者という異例のアレン・ウォーカー。
――――――更には実質教団最高権力者の、リナリー・リー。
いずれ劣らぬ早々たる面子だ。
断じて一介のファインダーが叶うような人間達では、ない。
「何だよお前等、飯位静かに食わせろ!!」
「だってー」
「ねー」
「だってじゃねぇ、ねーでもねぇ」
「可愛い弟子と一緒にご飯食べたいという親心なんだよ」
「何が親心ですか」
「いいじゃんたまにはー」
「よくねぇ!」
まるで子供が癇癪でも起こすかのように彼らに食って掛かる神田に、しかし彼らは怯まない。彼らは信奉者であると同時に神田に対して対等あるいはそれ以上に振る舞える数少ない人間でもあるのだ。
「またお蕎麦? お蕎麦が身体にいいのは知ってるけどそればっかりなのもどうかと思うわよ」
「そうですよ、たんぱく質も取らないと…………髪の維持それで出来るんですか?」
「知らねぇ、余計なお世話だ!」
「卵とかお肉とか…………どうしても嫌なら僕のたんぱく質をn」
ガゴッ!
「あら? 今幻聴が聞こえたみたいなんだけど?」
アレンの身体が見事に宙を舞う。その威力にその場の人間がごくり、と喉を鳴らした。
リナリー・リー。彼女のイノセンスは結晶型に進化して以降、威力の上昇も半端じゃなくなっている。
鈍い音を立ててカウンターにめり込んだアレンに対し、花が咲くような可憐な笑顔を向けたリナリーが、まるで子供に言い聞かせるかのように神田に説いた。
「――――――ね? 好き嫌いしちゃ駄目でしょ?」
「――――――…………」
コクコクと頷く神田。
その頬には一筋の汗が伝わっている。
命が惜しければリナリー・リーに逆らってはいけない。これ、黒の教団の常識である。
「せめてサラダが、野菜スープでもいいから摂って。持ってきてあげるわね」
軽やかな足取りで注文に向かうリナリーに周囲がざっ、と道を空けた。
「…………素敵な妹さんだね、コムイ」
「でしょう?」
そんな様子にも動揺することなく微笑ましそうに見守るのはコムイとティエドール元帥。多分今彼らの視界にはカウンターにめり込んだ白髪頭の少年は入っていないだろう。
「さぞ良いお嫁さんになれるだろうね」
「僕の可愛いリナリーをお嫁にだすなんて! …………でもあれですね、神田君がお婿に来て弟になってくれるならちょっといいかも…………」
本人不在の所で明るい家族計画を立てられていることなど露程も知らぬ神田はカウンターにめり込み動かないアレンを呆然と見やり、そして助けを求める様な目でマリを見上げた。
…………マリは無言で首を振り、神田は溜息をつく。
――――――そんな時、神田のゴーレムが通信が入ったことを告げた。
『ユウ、ただいま!』
「!」
『…………ユウ?』
そして流れ始める聞き慣れた、本人には絶対言わないが、大好きな声に思わず飛んでいるゴーレムを掴んで懐に隠した。
『ユウ、今何処?』
「…………食堂だ」
『あ、ほんと? じゃあ俺もいくさ』
ラビが任務から帰ってきたのだ。
無事そうな声に思わず顔が緩みそうになるのを必死に耐える。
「今来ると、面倒だぞ。コムイにモヤシにリナリーに、うちの元帥までいる」
『ありゃ、オールスターさね』
それだけで今神田の置かれている状況を粗方察したのだろう、ラビの声には苦笑めいたものが混じる。
『じゃあ、助けに行くから、待ってて。――――――ユウ』
台詞の最後に混じる甘い熱に思わずゾクリ、と背筋を震わせた神田は思わず目を閉じた。
「神田? 通信?」
「あ、ああ」
突然後ろから声を掛けられ慌てて振り向くと其処には宣言通り湯気の立ち上る野菜のスープを持ったリナリーの姿。
「はい、どうぞ」
「…………」
手渡されたそれを受け取りながら、神田の意識はそれ所ではなかった。
―――――――そして、数分後に乱入してきた赤毛の少年により神田は見事に掻っ攫われ。
黒の教団の食堂では暫く、兎の肉が提供されるようになった。
<終>
すいません何でこれラビュなのにラビが出てきませんか(訊くな)
…………え、えーと、NOA様、お待たせしたのにこんなんで大変申し訳ございません…………っ
(リテイク要求可能のですコレ)