…………深い眠りの中から意識が覚醒に近付くにつれ俺が感じたのは、冷たい石の感触。

「…………ん、?」
「あれ? 目醒めた?」

 そして更に重ねて認識したのは、コムイの声。

「コムイ…………? な、…………なんだっ!?」

 そして完全に覚醒した俺が認識したのは、手を手錠で拘束され、床に転がされるという無様な自分の姿だった。

「あはは、ゴメンね〜、ちょっと暫くそのままでいてね神田君。大体二時間くらい」
「ふざけんなっ! 今すぐ取れ!!」

 高い所に窓一つというこの部屋は見覚えがある。塔の最上階の一室だ。ガキの頃よく忍び込んだ記憶がある。
 何故此処に、そして何故こんな格好で、何故コムイがいる!?

「くそっ!!」

 手を動かしてみてもガチャガチャと耳障りな音がするだけで拘束が解ける様子は無い。あのモヤシのような馬鹿力があれば、と俺は悔しく歯噛みする。
 
「無理だって、僕特製の科学合金製だよ? アレン君にだってそれは外せやしないさ!」

 えっへん、と胸を張るコムイを殴り飛ばしたい衝動に駆られる。
 暫し色々試した俺は、結局解ける様子の無いそれにいい加減諦めて溜息をついた。

「…………どういうつもりだ?」
「うんうん。最もな質問だね。それは今から分かるよ」

 そう言いながらコムイは俺に背を向け、どこからともなくマイクを取り出した。

「あーあー、テステス。本日は晴天なりー」

 コムイの声が部屋の外からも聞こえてくる。放送だ。

「レース参加者の皆、用意はいいかなー? 後一分でスタートだよ♪」

 …………レース、だ?

 
 うぉぉぉぉぉぉ!


「?」

 部屋の外、遠い所…………多分一階から…………地鳴りのような声が聞こえてくる。

「うんうん、いいお返事だね! それじゃー黒の教団本部主催、第一回神田君争奪レース、スタートッ!!」
「…………あ?」


 何 だ と ?



 パァンッ、と遠くで何かが弾ける音がした。

「…………おいコムイ、今お前なんつった?」
「やだなぁ神田君。聞いてなかったのかい? 神田君争奪レースだって」
「…………おい」
「うん?」
「何だそりゃ」

 何だその俺争奪レースって。何の冗談だ。

「ふっふっふ…………ここの所色々あって皆沈みがちだろう? それに中央庁からの移動組なんかはまだ馴染めてない。そこで親睦とちょっとした運動を兼ねて企画したのさ!」
「あーそーかよ。確かに運動不足だよなお前らインテリは。そこはいいがな、何だその『俺争奪』ってのは」

 ふざけてんのか。馬鹿か?

「だってどうせレースするなら景品がなきゃ燃えないだろう?」

 コムイが笑みながら俺を見る。その笑みに、リナリーに通じるものを感じて何故か俺は背筋に冷たいものを感じた。

「優勝者にはお薬で大人しくなった神田君を一晩プレゼントさ♪」
「…………はぁ!?」

 こいつ、何危ねぇ事言ってやがる!?

「ふっざけんな!! 誰がんな事っ…………」

 させるか、と怒鳴ろうとした俺は不覚にも途中で言葉を飲み込んだ。コムイが持つ注射器に気付いたからだ。
 先端の針からつつ…………と溢れる液体に俺の脳が体全身に退避命令を出す。

「だから…………ちょっといい子にしてくれてればすぐ終わるよ♪ 大丈夫、乱暴な真似はされない…………と思うから」

 君が抵抗しなきゃね、とコムイが物騒極まる台詞を吐く。

「ちなみに今のところ優勝最有力候補はアレン君。対抗馬がリナリーだよ。エクソシストはやっぱり有利だよねー」

 特にハンデつけてないしねあはははは。

 続けるコムイに、俺は心底愕然とする。
 
「まぁレースって言っても蹴落としあいでもあるから、潰しあいになれば分からないけどね。エクソシスト以外が漁夫の利っていう可能性もあるし」

 うんうん、と頷くコムイ。

「ふ…………ざけっ…………」
「ああ、暴れないでね神田君。あんまり五月蝿くすると…………」

 す、と中指でコムイは自分の眼鏡をずらした。反射の関係で、奴の目が見えなくなる。

「先に、薬の聞き具合の確認兼ねて味見しちゃうよ?」
「…………っ!!」

 その言葉に、俺は現実逃避することにした。










 辺りには黒山の人だかり。コムイ主催の「神田ユウ争奪レース」参加者と、応援者達がそれぞれ色の違う熱気を上げている。

「アレン君!」
「リナリー」
「準備はどう?」
「ばっちりですよ。…………リナリー、言ったとおりですよ?」
「ええ。…………手加減は無しよ!!」

 スタートラインの近くで語り合うのは二強、優勝候補のアレンとリナリー。堂々と「神田(の貞操)を手に入れる!」と譲らない姿は色んな意味で微妙だ。
 ばっちりと握手したりしてこれが「神田ユウ争奪レース」なんてものじゃなければそれは無事の帰還を誓い合う戦友達の姿に見えただろうが如何せん理由がアレすぎる。

「お二人も出るんですね、…………ちょっと以外です」
「ああ。…………優勝できるとはとても思えないがせめて妨害くらいにはなればとな…………」
「…………はははマリ、俺なんて妨害すら出来ねぇよ」

 更に参加者の内にはティエドール部隊からマリが、科学班からリーバーが。
 こちらは二強及び不純な動機の探索部隊とは違い、どちらかといえば神田の身を守る為止む無しの参加だ。
 マリにしてみれば神田は可愛い弟分。それがこんな訳の分からないレースで自由にされるのは余りにも…………と言って声を上げた。美しい容姿の上に更に反感を買いやすい神田の事。無体な真似をされるのは目に見えている。
 リーバーはリーバーで上司のお遊びに付き合わされた(同意無し)神田に同情して、せめて一発コムイを殴る為の参戦。――――――と本人は言っているが、色々思うトコロがあるのは付き合いの長い人間達にはすでに知られている。本人もそれはもう諦めている。

「が、頑張ってくださいね」

 流石に参加はしないミランダが二人をそう応援する。
 スタートラインに向かう背を見送ってから、

「あら、そういえば…………一人足りない気がするわ…………?」

 小首を傾げて、そんな台詞だ。








 パァンッ!


 銃声のような音にテープが切って落とされる。
 だっ、と走りだす中で矢張り頭一つ分以上飛びぬけて早いのはリナリーだ。「黒い靴」の威力はダテじゃない。

「道化ノ帯!」
「!」

 僕はそんなリナリーの足首を狙って「道化ノ帯」を放つ。見事命中して彼女の自由を奪った。
 振り向いたリナリーが不敵に微笑む。

「やるわねっ」
「うわっ!」

 空いたもう片方の足で薙ぎ払われ、僕は少しバランスを崩した。
 辛くも宙で体勢を立て直し、そうしてからリナリーと対峙する。どの道彼女は最大の障壁だ。なら、此処で決着をつけたほうがいい。

 一陣の風と共に、僕等は交差した―――――――。









「…………っ、」

 結局俺は諦めずに暴れたところ、コムイに軽くヘンな薬を打たれた。そのお陰であまり身体に力が入らない。
 その所為だけでは勿論無いが拘束された後ろ手を動かすも、拘束具が外れる様子は無い。
 此処に最初に訪れる「誰か」に好き勝手されるつもりなぞ無い。しかもその「誰か」が高確率であのモヤシかリナリーだと?
 他の奴等でも十分腹立たしいが(どうせ日頃の復讐に薬が切れるまでサンドバッグにされるんだろう)…………ぞっとする話だ。二人共、それぞれ若干質が違うとはいえ碌な事をしない。
 せめて六幻があれば、また違うのに。

 …………クソッ、見てろよコムイッ…………!

 小さく毒づいて、また俺は無駄とも思える格闘を始めた。






「…………流石に凄まじい、」

 思わず、といったように呟くマリに周囲が無言の同意。
 アレンとリナリーの争いは、他の参加者の足止めにもなっていた。若手ながらも実力者の二人だ。その二人が容赦手加減無くぶつかりあえば勿論こうなる。
 下手に巻き込まれれば命は無い。

「―――――――ん?」
「? マリ、どうした?」

 隣にいたリーバーが様子の変わったマリに気付いて声を掛ける。

「いや…………この足音は…………しかし…………?」
「?」

 不思議そうに首を捻るマリの先には、ゴール地点の塔があった。







 カッ、カッ、カッ、カッ…………
 

「…………」

 扉の外から聞こえてくる段々大きくなってくる足音に知らず身体に力が入った。
 こんな下らない所で残りの時間を減らすような真似はしたくない。
 マリのように足音だけで人を当てるなんていう芸当は到底出来ない俺は、その音に扉を睨みつけるほかない。

「来たようだね」

 コムイが、…………妙に穏やかに笑った。
 …………この野郎、他人事だと思いやがって。


 がちゃっ、


 開かれた扉の先、そこにいたのは―――――――


「案外遅かったね、主役は遅れて登場かい?」
「…………人の任務明け狙っといて、よく言うさ」
「…………!」

 どこか疲れた様子の、ラビだった。

「…………テメェも参加してたのか」

 胸の何処かに苦いものを感じながら俺が聞くと、ラビが肩を竦めた。

「帰ってきてびっくりしたさ。ユウ争奪レースとかいうのの案内状が部屋にあって…………」

 言いながらラビは俺の傍に寄ってくる。そして俺の前に立ってからコムイに向かって手を突き出した。

「鍵。俺が優勝したんさ。早く寄越す!」
「スタート地点無視してたよねぇ? …………ま、いいけどね。そのつもりだったし」


 チャリッ、


 渡された銀色の鍵を握ると、ラビはすぐ俺に向き直った。

「大丈夫だった? ユウ。ごめん、ちょっと壁の方向いてて」
「…………あ?」

 そう言うとラビは俺の手の戒めの鍵穴にその鍵を突っ込んだ。

 
 カシャンッ


 軽い音と共にそれが外れ、床へと落ちる。

「ああ、手んとこ痣になっちゃってる…………」

 呟きながら俺の手を取ったラビは眉根を寄せた。
 更に俺の顔を覗き込み、一通り見回してから笑顔で続ける。

「…………でも他は特に怪我とかしてないさね? …………良かった」


 どくっ…………


「?」

 突然、心臓の音が跳ね上がった。
 理由なんて知らねぇ、だけど目の前のこいつと、あとコムイには知られちゃまずい、そんな気がした。
   
「!」

 立ち上がりかけて、だけど力が入らず転びかける。…………くそ、さっきの薬かっ…………!
 だが俺の体は床に戻る前にラビにより抱き留められ、
 
「っと…………大丈夫?」
「…………ちっ、」
「俺んとこで暫く休んでく?」
「…………」

 声を出すのも億劫になって来て、無言で頷いた。
 俺はそのままラビに肩を貸された格好で、クソ忌々しい部屋から出て行く。
 勿論振り向く訳なんて無い。だから知らない。

 コムイがどんな表情をしてたかなんて。








 一方コムイは、ラビと神田を見送ってから自分も塔を降りて行った。
 自室に戻ろうと上機嫌で進められていた歩みは、 

「あー、良い事したなぁ♪ 恋のキューピッドなんて初めてだよ」
「「「「しーつーちょー?」」」」

 …………恨みがましい声、前方を塞ぐ見慣れた顔により阻まれた。

「…………? あれ? リーバー君に皆。…………どうしたの? ボロボロで」
「「「「…………」」」」

 暢気なその声に、誰かの、何かがキれた。
 しかしながら、彼らが飛び掛らなかったのは…………

「聞きましたよ」「聞いたわよ」

 …………まるでユニゾンするかのように響く、地を這う様な二つの声――――――。 
 
「…………や、やぁリナリー。アレン君。いやぁ残念だったねアハハハハハハ」

 額に汗を浮かべたコムイの笑い声は何処か白々しく響く。

「ふふふ…………何? 私達は噛ませ犬だったのかしら?」

 リナリーの言葉に、コムイの顔色は錯覚でも気のせいでもなく、誰の目にも明らかに悪くなる。

「「ふふふふ…………」」
「ちょっ、待って!! 暴力はいけないよ!! 話せば分かるって!!」
「「「「どの口で言うか!!」」」」
「問答…………」
「「「「「無用っ!!」」」」」
「えっ!? あっ!? ぎゃあああああっ!!??」





 その後コムリンEXが出撃したりと黒の教団は割りと大変な事になったりもしたのだが部屋で告白だのなんだのと青春を満喫していた二人の十八歳の若者にはんな事は関係なかった。
 



 HAPPY END?
 



<終>





 相互お礼にとっぽ様へ。
 ・・・えーとリクエストいただいたの何時の事だったのかな? かな?
 しかも何かネタ被って(ry)あきれ果てて物も言えません状態だとは勿論お察ししておりますが(滝汗)どうぞお納めくださいませっ・・・!



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