稀代の色男、ドン・ファン。
 数多の女と浮名を流し、そして贖い難い罪を犯した彼は最後、地獄に連れ去られた。

「…………、…………」

 どう返すべきか、言葉が見つからない。
 いろんなことが、このたかが三日間のことが頭の中でぐるぐる回ってる。

「まぁ兎も角、今後モアは元より、俺の周囲の奴に近付くんじゃねぇ。下らない下心出して来やがったら、容赦しねぇぞ」

 そう言って、彼女はくるりとスカートの裾を揺らしながら俺に背を向けた。
 まるで映画みたいな出来すぎたビジョン。頭ん中で鳴り響く警鐘。

 …………ああ、俺は分かってるのに!

 喉が鳴った。彼女の左手を後ろから掴んだ。

「ねぇ、待って!」
「…………」

 破滅? 罠?
 ――――――そんなもん、クソ喰らえ!

「…………モアの事は謝るさ。…………ごめん」

 それは素直な気持ちだった。
 ただ、「モアに」謝るんじゃなくて「彼女に」謝ってる時点で俺は何かが根本的に間違ってる。俺はモアに浮気した事、傷つけた事を悪いと思ってるんじゃなくて、彼女に彼女の友を傷つけたことのほうが悪いと思ってる。
 間違ってる、事は分かってる。

「…………でも、俺、あんたに惚れちゃったみたいさ」

 訂正するよ。
 あんたの企み、八割方成功なんてもんじゃなかった。
 
 完全に成功してたよ。

 今考えてた。
 何で俺はあんなに気持ちが悪かった?
 どうしてあんな事であんなに悩んだ?

 答えは極めてシンプルな唯一つ。
 
 この勝負、最初から俺の負けだった。
 それでいい、何なら白旗でも何でも掲げて見せるから。

 だから、ねぇ。

「…………は。ふざけんな」
「…………」
「俺がそんな手に引っかかるとでも思うのか? 馬鹿にすんじゃねぇ」

 嘲笑を浮かべる彼女に、焦って更に言い募る。
 
「嘘じゃない、嘘じゃないんさ、」
「はっ、どうだか」

 彼女の言い分は痛い程分かる。
 むしろ彼女の言いたい事のほうが正当だ。

「…………もし俺にどうにかして欲しいっつーならな。まずはお前が捨てた女と捨てたも同然で別れた女全員に土下座して謝って来い」
「、」
「誠意の一つでも見せてみろよクソ兎。そしたら少しは考えてやる」

 …………その場合、俺が無事に帰ってこれる確立は限りなく低い。ヘタすりゃ刺されて当然の事もした。
 しかも全員となればとんでもない人数だ。
    
「…………、」
「きっちり詫び入れて、赦して貰えよ?」

 それがどんなに難しい事か分かってるだろうに!!

 振り向いて笑った彼女の貌は、天使なのに悪魔のそれと同じだった。

 だけど、待ってるのが天使だろうが悪魔だろうが…………俺がそこに飛び込まなきゃならないのは最早自明の理で。






 それから、学内で頭を下げまくる男の姿があったという。










「…………最近面白い事やってるわね」

 テーブルで頬杖をついてるモアが、学食の入り口付近を見やりながら呟いた。

「ああ、あれか。そのうちお前の所にもくるぞ。…………順番にやるらしいからお前は限りなく最後の方だろうが」

 神田は一切意に介した様子は無く、手元のアイスティーにレモンを(と言っても学食のものだからレモン果汁の小さなパックなんだけど)入れている。

 入り口付近では、赤い頭の男の子が女の子に頭を下げていて――――――あ、引っ叩かれたわ。

「私達が卒業するまでに終わるのかしら?」
「さぁな。でも意外に根性はあるぞ。一晩の行きずりの女まで調べてるくらいだ」

 …………場合によっては相手にも迷惑そうね。

「…………で、本当に全員に謝ってきた暁には付き合ってあげるの?」
「不愉快か?」
「別に、もう吹っ切れちゃったし、それに神田相手なら嫉妬とかはしないけど。お勧めは出来ないわね。正直ラビ君に神田は勿体無さ過ぎるわ」

 …………別れ方がアレだったから、モアの言葉も最もだわ、と思った。

「…………耳よりな話かどうかは知らないが、」
「「??」」

 神田はストローから唇を離して微笑んだ。内緒話のように声を小さく抑えて、

「実はな、うちの親父が最近俺の周囲をうろつく男の存在に感づいた」
  
 その言葉にモアと私は顔を見合わせる。

「しかも「どういう事か」その男が大変な遊び人だということも知っていてな。ついでにそいつが流した噂が発端で俺が学内で売りをやってると誤解を受けたことまで知ってるんだ」

 …………。
 それは…………もしかしないでも。

「いや全くどういう事だろうな? 親父が話したんだろうが、その事をティキとモヤシまで聞きつけてるんだ。本当に地獄耳な奴等だと思わないか?」

 わざとらしい調子を付けて言いながら、神田は唇の端を吊り上げる。
 …………何があったのかは言わずもがな、で。
 間違いなく、ラビは神田のお父さんの前に姿を現した瞬間大変な目に遭うだろう。

 …………止める気など全く起きないけれど。
 
 それは結局件の噂は、彼が流した物が原因で広まったというから、だ。
 隣ではモアがツボに入ったのかお腹を押さえながら机に臥している。
 多分神田はほんの少し、一分にも満たない間彼らに耳打ちしただけなんだろう。
 だけどそんな僅かな事で難攻不落な砦を三つも作り上げてしまうんだから、もうやっぱり「流石」としか言いようが無い。
 
 今彼に見えているのは目先の砦だけだろうけれど、それは実は張りぼてで、本丸はその奥に三つもの張りぼて以上の砦に囲まれているだなんて気付いたら、

「昇って来れるのかしら?」

 思わず口に出してみた。
 すると神田は思わせぶりな、そして悪魔のような笑顔で一言。

「そんなつまらねぇ所で脱落する男ならそれまでだ。惜しくもなんともねーよ。下僕にするのだって値しない」
「…………お見逸れ」「しました」

 モアと二人で分けてそんな事を呟いてみる。
 本当の「罠」はこれだったんだから…………本当に、凄い。
 天使が創った甘い罠。
 それは一見甘くて、だけどその実とんでもなく酸っぱい。綺麗で甘そうな、あのクランベリーソーダみたいに。
 捕らえられた犠牲者はきっと、捕らわれた事にも気付かないで少しずつ少しずつその酸っぱさに慣れさせられて行く。いつしかそれが酸っぱいモノだって言う事すら分からなくなって、それが地上で唯一の甘いモノのように思わされる。
 運良く気付けたって、脱げ出しようも無い。嵌ってしまった時点で、ジ・エンド。

 

 それに見事に掛かった赤い哀れな兎に、私達は十字を切ってお祈りしておいてあげた。



<終> 
  

 



 長かった…………!
 2009年神田誕生日リクエスト第一位、遊び人ラビ×小悪魔神田嬢でお送りいたしました。如何でしたでしょうか。
 うん、分かってる。小悪魔ってレベルじゃねーぞ!
 最後なんか罠と分かってて飛び込んだ無鉄砲な挑戦者M男ラビと稀代のサディスト神田になってたしね。ひでぇ。
 まぁほら恋は惚れた方が負けなのでどっち道ラビは負け戦なんですけどね。
 付き合えるのかどうかすら危うい感じですがアレですね。これは付き合ってからも間違いなく前途多難。
 アレです、神田嬢は彼氏同席のその場で一番の友人達とお喋りを愉しむわけですね。
 で、その面子でラビは既に居心地悪さMAXなのにそこで振るわけです。「浮気する男とか本気で最悪だよな」とか。モアは乗ってくれるでしょうね、「本当にそうね」とか。リナリーは優しいからノーコメント。でも別に庇ってやるつもりは皆無、と。
 そういう感じでチクチク(むしろザクザク)やってるんじゃないでしょうか。
 やっぱり小悪魔っていうかサド…………。

 書いててとても楽しかったです。(笑) 
 あえて気がかりなのは神田嬢が予定以上に頭の回転早くなってしまったことです。そういう方面でだけ発揮される能力!
 あとラビュなのに最後リナリーで締め。どういうことなの…………

 リクエストいただいた皆様、此処までご覧戴いた皆様。
 ありがとうございました!



 小説頁へ