学校と最寄り駅の中間地点にあるこのお店。
 お洒落な内装にどれを頼んでも外れなしのメニューで、最近の私達のお気に入り。
 今此処に、私達は三人で来ている。

 細長いコリンズグラスの中を満たす透明の泡立つ炭酸は、マドラーで下に沈んでいるクランべリーを潰すと紅く色づいてくる。
 それが見た目に反して甘くは無いことを知っている私は、自分でそれをオーダーする事はないんだけど。
 目の前の、甘いものが苦手な彼女はその見た目の良さも気に入ってるらしくて、この店に来る度にそればかり頼んでいる。

 果実を潰している目の前の彼女――――――神田の表情は、まさに「興味が無い」と言いたげだった。

「ホント、騙されたわ…………」

 先程まで机に伏せて泣いていたモアも大分落ち着いてきたみたいで今は頼んだ洋ナシのタルトを突いている。
 神田も入れて友人同士であるモアから、一月前に付き合いだした彼氏が浮気して、別れたからちょっと付き合って愚痴らせて――――――そんなメールが来たのは今日の午前中。その彼氏とやらの名前を聞いて思わず天を仰ぎたくなった。

 有名な遊び人じゃない。彼って。

 そんな事知ってたけど、どうにかなる、私が彼を変えて見せると思ってた――――――そう言う傷心のモアを神田は容赦無く一刀両断する。

「アホか。君子危きに近付かずって言葉知ってるか? 遊び人って分かってて近付いたお前も悪い。私だけが特別だなんて思うからだ。そう思わせるのが得意だから遊び人なんだろ」

 粗方潰し終わって果実が原型を留めていないクランベリーソーダの中に、レモンを軽く絞って神田が非常に優雅な手つきでグラスを掴む。
 武道をしているのに、神田の手はうっとりするほど綺麗だ。――――――その左の中指に輝く指輪は、この間のものとはまた違うもの。

「それはそうなんだけど…………」
「大体生まれて二十年近く経ってる奴がそうそう変わる訳ねぇだろ。一月ばかりで大の大人を変えられると思うのが間違ってる」
「うう…………」

 彼氏と別れて傷心の子にそこまで言うかしら、と思いはするのだけど、でもモアも多分この言葉が欲しくて神田を呼んだのだろうから、敢えて口は挟まない。

「下半身に節操が無い奴は不治の病気だ。何やったって治らねぇよ。むしろ深入りする前に分かって良かったんじゃねぇか?」
「…………」

 非常に身近にその「病気」の男の人がいる神田が言うと、物凄い説得力だわ。
 
 思わず感心して頷いてしまう。

「うん…………」

 鼻を啜ったモアに、止めとばかりに神田は、

「顔拭いて、笑っとけよ。…………お前は可愛いんだから、いくらでもいい男が見つかるだろ」

 そんな殺し文句を言った。








 すっかり立ち直った――――――私達って現金なもので、甘いお菓子があれば結構大抵の事は流せるから――――――モアも二つ目のケーキに手を伸ばし、愚痴を聞く会ではなくただのお茶会に早代わりした其処で、思わずしみじみと言った。

「私ね、いつも思うんだけど。神田より口説くのが上手い男の人なんてそうそういないと思うの」
「あぁ? …………そりゃガキの頃から手本がいたからだろ」
「それって、その指輪の人?」
「…………」

 神田は少し考えるように天井を見てから、

「いや、違う」
「それ誰からだっけ?」
「モヤシ」
「ああ、アレン君ね」

 淡いブルーの石を真ん中に、小さな透明の石を両脇に埋めたその指輪は確かに神田に良く似合ってる。
 指輪だけじゃなくて、今彼女が着ている服も、バックも、髪留めも。
 全て人からの貰い物――――――むしろ、貢物。
 こういうのを、魔性の女っていうのかしら。
 けれど神田に魔性の女っていう形容は、イマイチピンと来ない。
 きっとそれは誰をも虜にして、けれど誰にも靡かないから、なのかしら、とぼんやり思った。

「流石ねぇ…………」

 モアが感心してるのか、呆れてるのか、微妙な声で呟いた。
 
「あ。」

 ふと、声を上げて空をじっと見る。

「「??」」

 突然の行動に、私も神田も、思わずモアをじっと見る。

「…………神田、」

 そして低い声で、呟いた。

「私の仇を、取ってくれない?」









 土曜日の午後、五時ちょっと前。

「本当にやるの?」
「今更だな、当たり前だろ」

 いつもより若干おめかしして、私達は駅前のお店に向かっていた。
 
「モアの仇、取ってやろうじゃねぇか。大体、碌に鍛えてもねぇ軟弱な普通科の野郎共に舐められっぱなしってのも、腹が立つ」
「…………。」

 ハブVSマングース、またはエイリアンVSプレデターって感じかしら…………。
 神田からしたら、信奉者が一人増える位でどうって事は無いんだろうけど。
 けれどオトされる方からしたら…………

 神田の爪に塗られた新作のネイル――――――Cranberry trapが、まるで甘い毒の色に見えた。


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