何時も女の子を口説く時に使ってるバー。
 そのトイレの個室で俺は一人項垂れていた。


 はっきり言って、散々だった。
 何時もだったら幾らでも言葉がポンポン出てくるのに、今日に限っていい台詞が思い浮かばない。
 話せばそれなりに乗ってはくるけれど、だけどそれだけ。深い突っ込んだ会話なんか、とても及ばない。 

「…………俺もしかして、うまーくかわされてる?」

 …………何で?
 少なくとも着いて来た位だし、満更気が無い訳じゃないと、思うんだけど。

 いつもみたいに口説いて、その気にさせて、ホテルに直行すれば良いだけの話。
 これまで何度もやってきたそれが、何故か上手く行かない。

「何でかなぁ…………?」

 トイレの中で一人呟いた言葉の理由なんて、誰も知るわけが無かった。





「…………本当にあれがモアを落としたのか?」

 何だか、嘘臭ぇ。
 学内きってのプレイボーイだなんて言うからどんな奴かと思ってみれば…………そこらの奴らと変わらないだろう。あれじゃ。
 この調子じゃ、根回しも要らなかったな、と思いながら携帯のメール作成画面を開く。
 既に二時間程待たせてる訳だが、まぁ、待たされるのも愉しいと思える類の奴なので別に悪いとは思わない。奴が勝手に志願してきたんだから俺の所為じゃない。
 そう結論を出して、断りの文面を打つ。
 送信直前で、

「ごめん、お待たせ」
「…………いや別に」

 待っても無いけどな。

 思わず本音が出そうになった。
 カウンターの席のため、少し体を引いて相手が席に着くのを待つ。

 …………。

 ま、顔は整ってる方だろうな。抜群の美男子、という訳でもねぇけど。
 垂れ目なのが穏やかそうで、女がポンポン引っかかるって訳か?
 だけど中身があるようには思えない。…………俺の周囲にいる男は揃って強烈な奴らばっかりだからかもしれねぇけど。

「なに? 俺の顔になんか付いてる?」
「目と鼻と口が」
「…………神田サンって面白いこと言うよね…………」
「…………」


 カラン。


 グラスを傾けると、氷同士が触れ合って、小さな音を立てた。
 酸味の中にも微かに甘く、飲み干すとジンの香りが襲ってくる。
 
 最早隣の奴への興味など無く、とっとと帰りたい、ただそう思った。

「…………出ようか?」

 ああ、便利な奴ではあるな。
 此処まで、俺のやりたい様に先回りできるなんて。手間が省けて、随分楽だ。
 膝の上の携帯の、断りの文面は消して、代わりに予め作ってあったメールを送信した。





 会計を済ませて、地下の店から出た。
 湿度を含んだ熱っぽい風が頬を撫でていく。
 結構な時間だが土曜日の所為か、人通りは多い。
 店に残してきた奴らも店変えただろう。

「ねぇ、この後どうしようか。…………どっか、行かない?」

 ああそうだった、こいつの事ちょっと忘れ掛けてた。印象が薄すぎて。

「生憎と――――――先約がある」
「え、」

 ポカン、としたアホ面。
 ああ、取り敢えず今日の所はその面だけで勘弁してやろうか。
 丁度良く、見慣れたアウディが目の前に滑り込んでくる。

 …………ん?

 これは…………。


 ガチャ、


 左側の運転席から降りてきたそいつに、俺は一瞬目を見張った。派手な紅毛。
 ラビを一瞥してから、そいつに視線を移す。

「遅いお帰りだな」
「…………ああ、ちょっと野暮用で」

 一緒に飲んでいた相手の目の前で野暮用ってのも、中々酷ぇ台詞だが。
 そして、奴が俺の腰を抱いて車に放り込むのに、俺は一切抵抗しなかった。
 ただ一言、展開についていけて無さそうなラビに、

「じゃあ、またな?」

 スペシャルサービスで笑顔つきで、そう言ってやった。


 
 


「…………なにそれ?」

 白いアウディが滑るように走り出す。
 あの男、何? 誰? 一体何なの?

「もう意味分かんねぇ…………。」

 一人取り残されて、夏を予感させる熱くて湿度の高い空気の夜の街で、俺はただ一人途方にくれて何時までもアウディが走り去っていった方を呆けて見てるしかなかった。



 
   
  
 
「何であんたが来たんだよ? 俺が呼んだのはティキなんだが」

 このアウディだってティキのじゃねえか。
 白なんて、こいつには似合わない。
 似合うのは黒か、――――――深紅。

「ティキの野郎に頼まれて来てやったんだ、感謝しろよ」
「…………ああ?」
「仕事が終わらねぇんだとさ。泣きながら土下座してやがった」

 …………はん?

「…………おい、明日あいつに会ったら俺に一ヶ月は連絡寄越すなって伝えとけ」
「生憎とそれは今更だな。俺がとっくに言い渡してある」
「へぇ?」
「俺の娘のお前よりも他を優先するような輩は、お前には相応しく無いってこった」
  
 ミラー越しにニヤリ、と笑った俺と似てない俺のクソ親父は、そう言った。





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