「…………ん?」

 武道実習を終えた後の理論の講義で来週提出期限のレポート作成の課題を出された。
 面倒だと思いつつ、資料集めに図書館くんだりまで足を運んだわけだが、そこで俺が目にしたものとは…………

 何だこのタワー…………

 一つの机に山と積まれた本の数々だった。
 資料の補修中じゃないだろうな、と思わず連絡用のホワイトボードを確認した。
 そういう訳でもないらしい。

「?」

 思わず後ろから回り込んでみて、目を見張った。
 そこにいたのは赤毛の、

 …………読めてるのか? その速さ…………

 まるで読んで無さそうな速度で頁を捲るのを、暫し眺める。
 学内主席ってのも、あながち嘘じゃないらしい。
 ただの軟弱な馬鹿に見えるのに、人間ってのは見た目じゃ分からないな。
 
 まぁ、どうでもいい。俺が今見なきゃならんのは赤毛の男の面じゃなくて資料だ。
 さっさとあいつに向ける意識を打ち切って、早々に俺は資料の仕舞われている棚に向かった。







「…………こんな所さ?」

 出してきた本は読み尽くした。
 このまま返却したらきっと司書が憤死するだろう。
 せめて書棚への返却作業は手伝ってやろうと(蔵書全ての位置を把握している俺にとってそれは造作もない事だ)思って、顔を上げた。

 
 ふわり。


「…………ん?」

 甘すぎない香り。レディースじゃなくてメンズのもの。
 ブランド名まで思い起こしたのはいいけれど俺が気にしたのは「そこ」じゃない。

 この、香り。


 思わず振り向いた先にいたのは、俺の後ろを横切っていった、漆黒の髪が腰まで届きそうな彼女の後ろ姿。
 一番窓際に座って、頬杖を突きながらページを捲る。
 図書館の中の多くもない筈の人数。そいつらから多分一斉に視線を向けられてるのに彼女はそんなものは全く意に介した様子もなく、ただ本に視線を落としている。


 どく ん


 心臓が一つ大きく鳴った。

「あー、くそ、」

 折角暗記した内容、全部飛んじまったさ!!
 覚え直すにも意識は既に別の所。

 脳裏に浮かんだ単語は「ファム・ファタル」。
 そう言えばそんな名前のもあったな、なんて上の空で俺は――――――溜息を付いた。







 図書館で資料を適当に引用してノートに纏めていた最中。
 低い音で、ミュートにしてある携帯が机の上で震えだした。

(おっと、)

 手を伸ばしながら時計を確認すると、もう約束の時間だ。集中してた所為か、時間が過ぎるのが妙に早かった。
 ディスプレイに表示されてる名前は「モヤシ」だ。

(行くか…………)

 広げていた資料とノートを一纏めにしてバッグに放り込み(何やら派手な音がしたが気にしないことにする)、立ち上がる。
 早足で図書館を出た頃には、俺はもう来た時に見かけた赤毛の事なんてすっかり忘れていた。






 

 彼女が図書館を出ていった。
 それを見て、思わず立ち上がった。
 …………付いて行ったって、話しかけられるわけでもないのに。
 こんなストーカーみたいな真似、自分でもすると思ってなかった。
 
 
 …………後悔したのは、門のあたり。

 つい昨日も見たアウディに思わず足が止まる。
 …………だけど車にもたれ掛かるようにして待っていた男は、昨日とは違う顔。
 黒髪に褐色の肌色の男と、白い髪に白い肌の男の二人組。遠目だから造りまでは分からないけど多分二人とも――――――いい男だろう。

 彼女は待っていた男達と一言二言話してから、白い髪の奴に持っていたバックを預け、黒い髪の男が恭しくドアを開いた後部座席に乗り込んだ。
 黒い髪の男はそのままドアを閉めると回り込んで運転席へ、白い髪の男は後生大事そうにバックを抱えて助手席へ。
 すぐに、滑るようにして車が走り出す。


 学生が身につけるには背伸びしすぎなブランド物の数々に、複数の男(しかも確実に一人は「大人の男」だ)との交友関係。
 それらを結び付けると、

「…………そーいう、こと…………?」

 そのテの子は、まぁ良く見かける。ウリが良い事だとは思わないけど本人がそれでいいなら俺が何か言うようなもんじゃない。
 ただ、――――――彼女が、と思うと、まるで冷やした時のように胃が痛んだ。

「…………気持ち悪ぃ、」

 痛みに胃の辺りを服の上から押さえつけながら、俺はその場で蹲った。



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