「神田、ティエドールさんの所にはどの位滞在予定なんですか?」
助手席からモヤシが話しかけてきた。
「一応一時間位の筈だ」
デッサン取るって言ってたからそんなもんなんだろう。
「それにしてもお前ら、良く抜けてこれたな」
ティキが仕事抜けられなかったのは昨日の筈なのに、今日は二人揃って時間きっかりに着いてやがった。
社長の親父を入れて三人しか社員がいない筈なのに内二人が今此処にいるってのは、どうなんだ? 案外暇なのか、会社。何やってるのか知らない
けど。
「根性と気合いと愛の成せる技だよ」
「朝五時に出社しましたから」
「へぇ…………」
そりゃご苦労な事だ。
まぁ正直奴らの事情なんてのは心の底からどうでもいい。
ただ、必要な時に目の前にいるかいないか――――――それだけだ。
「…………、」
流れる景色を見ながら、ふと、昨夜の事を思い出した。
あの間抜けな顔はない。
思わず喉で殺しきれなかった笑い声を上げる。
「? 何か面白い事でもありましたか? 神田」
「…………何でもねぇ」
…………夕食の話の種にはいいかも知れない。
硝子の窓に移った顔は、笑っていた。
酔ってしな垂れかかって来たその子の、バニラ系の甘すぎる香りに一瞬息が止まった。
「ねぇ、この後どうしよっか?」
期待と欲を滲ませた、媚びる声。
いつもだったらあっさり乗るのに、だけど今日はどうしても気が乗らない。
だけど気が乗らないって断るのも失礼な話だ。折角、昨日成功した奴らが穴埋めだって言って用意してくれた席なんだから。
「んー、そうさねぇ…………抜けよっか?」
甘い声を作って返しながら頭の中は冷静に計算してた。
ラブホよりも、ラブホ代わりに使えるカラオケボックスが近い。
ただラブホよりも難色を示す子が多いけど…………どうせこれだけ酔ってればいいだろう。
細くて華奢な手を掴んで、外へ。
昨日と同じ、湿度を含んだ生温い風が頬を撫でる。
雑居ビルの立ち並ぶ辺りならではの饐えた臭いに、隣の子の匂いが混ざって気持ち悪さも最高潮。まるで反比例するように下がってくテンション。
道を二本越えて大通りに出るとそこは此処とは一転して高級な店が軒先を連ねる辺り。
薄汚れた灰色のビルの間から見える高い建物は高級ホテルだ。
…………これまでなんとも思わなかったものに、何故か今は自分が惨めなイキモノのような気がする。
惨めさを怒りに、怒りを衝動に変えて――――――俺は、隣の子の手を引いて足早に歩いた。
隣の子の顔すら、満足に見ていないのに。
ああ、くそ。
なんで、こんな思いしなきゃならないんさ――――――。
「おい、ラビ? 顔死んでるぞ〜?」
「…………寝不足。」
カラオケから出てすぐ女の子とは別れた。結局名前も覚えてない――――――俺に限って覚えてないなんて事は有り得ないから、最初から聞いてな
いんだ。
さっさと帰って寝れば良かったんだろうけど、どうしても寝る気にはなれなくてそのまま飲み直しに行った。
結局帰ったのは閉店になる午前五時。
それから帰って、シャワー浴びて、一限目の講義に間に合ったんだから褒めて欲しい。
「どーしたんだよ?」
「昨日穴埋めで合コンしたんだよ。なぁ?」
「そー…………」
…………何だか消化不良になったけどな。
余計な事は言わないで、大人しく黙っておく。
「穴埋め…………っつー事はラビ、黒星かよ。珍しいな」
「お前居なかったっけ? そういや」
「バイトだったんだよ」
「ラビ、体育科の神田狙いだったんだよ」
友人達の話し声がまるで水底から水面を見上げてるようなふら付きと共に流れていく。
「はは、そりゃ幾らラビでも大物狙い過ぎだろ。神田ってあれだろ、背が高くて色黒の男いるだろ? モデルみてぇな奴。俺、前迎えに来てるの見たぜ」
…………ん?
「え? 俺が見たときは白い髪の色白な奴だったぜ? あれ…………?」
「…………俺が一昨日見たのは赤毛の派手な野郎だった」
「…………へ?」
「いい車乗り回した、いかにも金持ちって感じの奴。…………パトロンじゃねぇの?」
「「…………」」
そう教えると、友人達は顔を見合わせた。
「あー…………まぁ、何か分かる気はする」
「すげぇ美人だもんな、神田。…………だけど何かショックだよなぁ…………」
その時俺は忘れていた。
学校という広いようで狭いコミュニティの中では、噂なんてものはあっという間に広まるという事を。
そして忘れていた。
噂は尾鰭背鰭が付き、やがて大げさになる事を。
…………そして知らなかった。
それが、彼女の耳にどう入るかだんて。
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