「…………」
何だか落ち着かねぇ感じだ。
自意識過剰でなきゃ周囲がこっちを見て何やら話しあっている。
腹立つ。
学食でアイスコーヒーの氷をストローの先で突きまわしながら俺はリナリー達を待っていた。
昼飯時から若干ずれているこの時間、いるのは授業から授業の間の時間を潰してるであろう奴等。俺達もその口だが。
その中でも、お前らはライオンかと言いたくなるような金髪で髪が凄い事になっている女の集団がさっきから石やらシールやらでごちゃごちゃ飾り立てた爪でこっちを指差している。
…………人を指差すなって教わらなかったのか。
視界に入れるのも不愉快だが騒ぎ立てる事もないと思って、視線を逸らして窓の外を見た。今日も腹立つくらいいい天気だ。
「ねーねー」
「!」
謎のライオン集団の一人が、俺のテーブルの脇に立っていた。
「神田さんてさー、いいトコ知ってんの?」
「…………はぁ?」
いいトコって何だ。
「金持ちの男って、そういうのから引っ張ってくるんでしょ?」
「…………はぁ?」
意味が分からない。
唖然として見上げるとそいつは悪びれずに、
「あれ、違うの? だって噂になってるよ? 神田サン売りやってるって」
「…………売り?」
…………待て、誰が、何だって?
震えそうになる声を必死の思いで平静に保って、
「誰がそんな事を?」
「えー? 良く分かんないけど、普通科の男の子達じゃない? 多分ラビ君とか、あの辺の派手なグループじゃない?」
「…………へぇ…………」
あの野郎…………。
復讐のつもりか。
俺とモアのことでも聞きつけて、察したか。
「違うんなら否定したほうが良くない? 広まっちゃってるよ?」
初めて其処でライオン(仇名決定)が顔を歪ませた。
…………案外悪い奴ではないんだろう。
「分かった。どうにかする。悪いな」
俺がそう言うと、ライオンは短すぎて下着が見えそうなスカートのまま仲間の元に駆けて行った。見えてるぞ。
俺は折れて使い物にならなくなったストローを放り出して、黒い液体の中の氷を見つめていた。
「ええええ!?」
「何それ!?」
「流しやがった奴の目星は付いてんだ」
やってきたリナリーとモアに事情を話した。
流した奴までも教えれば恐らく自分の所為だとモアが悩むのは目に見えてたから、敢えて其処は伏せておく。
「誰なのそいつ!! 捕まえてギッタギタにしてやるわ!!」
「…………付いてるのは目星だけなんだ。本当にそいつかは分からない」
…………人の事なのに怒り狂うモアにわざとぼかした返事をする。
信じられない、最低、などと怒っているモアから視線を外してリナリーを見る。
リナリーは俺に向かって、声にはせずに唇の動きだけで聞いてきた。
『彼なの?』
それに俺は小さく、モアに悟られないように頷いた。
「…………男の敵は増やしてきた。いつかはこうなるってのも、予想は出来てた」
振った男の数なんて数えてない。それはこれまでに食った蕎麦の数を数えるようなもんだ。
「そんなの好きって言わないわよ!!」
「まぁそれは最もだが」
所有欲だけで声を掛けてくるような輩は枚挙に暇が無い。
そんなのこちらから願い下げだ。どちらが所有される側なのか一度考え直して出直して来い。
「…………ちょっと行ってくる」
「? 何処に?」
「あ。もしかして流した奴の所!? 私も…………」
行く、と続くだろう台詞を慌てて遮った。
「いや、教授の所だ。レポートの件で呼び出されてる」
「なぁんだ…………行ってらっしゃい」
モアの鋭さには感服する。
事情は承知したと言わんばかりのリナリーはきっとモアが学食から出ないように上手く引き止めてくれることだろう。
学食から階下に下りる階段を駆けて俺は普通科の学舎を目指して駆けた。
「おーい、ラビ。美人がお呼びだぜ」
「あん?」
授業と授業の合間に情報実習室からパソコンで海外のニュースを見ていた俺は、入り口で誰かと応対してた奴の声に顔を上げた。
まだ全部は見ていないポーランド語を諦めてブラウザを終了させる。
「何? 誰? …………あ」
どく、ん。
そこにいた人を認めて心臓がイヤなオトを立てた。
忘れていた筈の胸のムカつきが戻ってきた。
「…………何? 神田さん」
「話がある」
彼女は付いて来い、とでも言いたそうな顔で顎をしゃくった。
そんな高飛車な態度が腹立つ前に似合うんだから生粋のなんとやら、だろう。
「良いけど。何?」
だけど用なら此処で済ませて欲しい。
あんたに深い入りしたくないんだ、こっちは。
だけど彼女はその、人工的な色でもなければ油物でも食べたかのようにてかてかもしていない紅い唇を、声を出さずに動かした。
『黙って付いて来いつってんだよ 兎野郎』
「…………。」
読唇術には自身がある。
案外に…………これは。
「分かった。何処行けばいい?」
「…………」
彼女は無言で踵を返し、…………俺はその後に大人しく付いていった。
小説頁へ