「ふぁ…………」

 最近、体がいつも重い。
 寝ても寝ても、眠い。

 俺はベランダに出れる窓のすぐ傍に敷かれているマットレスの中で醒めない微睡みの中、夢とも現とも区別の付かない、けれどきっと夢を見ていた。





 俺がその家に引き取られたのは、その家に赤ん坊が産まれる一月程前だった。恐らくは産まれて来る子供の遊び相手としてだったんだろう。
 当時の俺はまだ乳飲み子、ある朝目覚めたら親兄弟と引き離されその家に連れてこられていたときは、混乱と孤独に絶望したが、

 しかしやがて家の女主人が子を産むと、すぐにそんな物も消えた。

 生まれた赤毛の赤ん坊は、一年で大人になる俺達から見ればとんでもなく成長に時間が掛かった。
 俺のその頃は、まさにその赤ん坊のためにあったといっていい。
 乳を求めて泣き出せば母親へ伝えに行き、危ない物に手を出そうとすればそれを遠くへやり、或いは窘める為に軽く噛んだりした。
 三年ほどしてようやく駆け回るようになった時は俺も思わず安堵の溜息をついたものだ。

 子供はやがて育ち、後ろに箱を背負ってショウガッコウとやらに通った。
 その間にあいつは一気に背が伸び、思えばあの頃一番俺とあいつで遊びまわってた。

 …………あいつが黒い服ばかり着るようになってから、俺は自分の体の衰えに気づいていた。 
 共に走り回るのは辛かった。
 あれ程外に出るのが好きだったのに、出たいと思わなくなった。
 
 今あいつは黒い服も着なくなり、俺だけと共に暮らし、今度は「コウコウ」とやらに行っているらしい。何だか知らんが人間は大変だ。

「…………ぁ、」

 薄く目を開ける。
 直ぐ傍に、いつでも食べられるようにと置かれている食事。
 昔はバランスがどうこう言ってた癖に最近は俺の昔の好物しか出さない。
 だけど、食べたくないんだ。あれだけ好きだったのに。
 食べなければあいつを――――――ラビを心配させてしまうと分かっているのに。



 眠い。

 ただ、眠い。


 知ってるんだ。
 もうじき、俺は醒めない眠りに入る事を。








「ユウ、ただいまー」

 玄関から騒がしい声がする。ああ、帰ってきたのか。間に合ってよかった。

「ユウー、」

 俺の姿を捜し求めている気配がする。
 声を上げてやればいいのだろうが、それすら億劫で――――――いや、出来なくて、俺はせめてもと尻尾を高く上げた。


 ガチャ、


「、ユウ、…………ご飯、食べなかったんだ?」
「…………」

 俺に近づいてくる気配。
 目を開こうにもまるで何かでくっ付けたみたいに開かない。

「…………ユウ?」

 ああ、ほら。
 また心配してる。

「ユウ、」

 マットレスから抱き上げられた。
 俺は、ラビに抱えられる。
 変だな。小さな頃は、俺の方が大きかったのに、今はこいつの方が、大きい。

「…………、」

 ああ、俺を抱く手が震えてる。


 俺がメスだったらお前の為に子を産めたのに。
 俺はお前に何も遺せはしない。


 だから、いつかまた会いに来る。



 ………… だから、 なぁ。




 俺がいなくなっても、泣くなよ。もうガキじゃないんだから。



 ラビ。





 最後に見たのは、


 太陽みたいな赤と、


 揺れてる綺麗な翠だった。



  
  

「さようなら、また会いましょう」 




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