「…………はぁ、」
その家の門前で俺は思わず、溜息をついた。
家の主人に誘われて訪れたはいいが、実は全く気乗りしないから。
家の主人は著名な画家でもありまた猫のブリーダーでもあるティエドールさん。
といってもブリーダーの方は専ら趣味としてであり、気に入って信の置ける人間でなければいくら金を積まれてもけして仔猫を譲らないという偏屈ぶりを発揮してる。
俺は、いや正確には俺の両親は、二十年前此処で仔猫を一匹、譲り受けた。
それが二年前、俺が大学に入る直前に逝ってしまったユウ。
実に十八年間、俺とユウはまるで兄弟みたいに過ごした。親の話だと実際ユウは俺の近くにいつもいて俺の世話ばかり焼いてたらしいから、本当に兄弟みたいな存在だった。
分かってるんだ。いくら見た目が若くても猫の世界で十八歳は十分すぎるほどの高齢。
あれは、天が定めた寿命だったんだ、と。
だけどいくら分かってても、俺はユウを失ってから猫に触れるのが怖かった。
ユウがいる気がして、食べる相手もいないのに食事を用意したりもした。
ユウの声が聞こえる気がして、夜中に家中ひっくり返したこともある。
最近は、そんな、「ペットロス」と言われるような症状も落ち着いてきたけれど。
だからこそ気乗りしないんだ。
この家はユウの実家みたいなもんで、今だってユウの兄弟の子達がいる筈で。
そんなの見たら…………辛い。
「…………」
だけど、俺は何かに期待してて、だからこそ、此処を訪れたんだ。
六年ぶり位になるティエドールさんは、相変わらずだった。あの頃から髭を生やしたりとしていたから、老けたのかそうでもないのかすらよく分からない。
通された応接用の部屋で、テーブルを挟んでソファーに掛ける。
「やぁ、お久しぶりだねぇ」
「はい、」
ティエドールさんの家は相変わらずだった。
この大きな家には、彼の他人間はいない。
時たま弟子や、猫を欲しがっている人間、あるいは猫を既に譲り受け、たまにはと顔見せに訪れる人間がいるだけだという。
「君も大きく立派になって…………」
「…………」
此処をよく訪れたのは、俺自身も子供だった頃。
中学を終えた頃にはユウの体は既に衰えを見せていて、家から遠い此処にまで連れてくることはできなかった。
「さて、本題に入ろう。実は君に見せたい仔がいるんだ」
「…………ティエドールさん、俺はもう…………」
猫と一緒に暮らしたい、とは思えなかった。
またあんな別離の苦しみを味わうかと思うと胸が締め付けられるように、痛む。
「それに、ユウの代わりなんて何処にもいないんさ」
どんなに似てたってそれはユウじゃない。
俺達が一緒に過ごした十八年を、何も知らないんだから。
「それでもだ。…………記憶がないなら、また作っていけばいい」
そう言うとティエドールさんは立ち上がった。
置いて行かれないように俺も其れに倣う。
部屋を出て、二つ向こうの部屋のドアを、ティエドールさんは静かに開けた。
…………声が聞こえた。
「んにゅ、んにゃ…………?」
「ふにゃぁ…………」
…………仔猫だ。
部屋の真ん中に置かれたベビーベッドから、甘い、小さな声が聞こえる。
その声に惹かれて思わずのぞき込んで――――――驚いた。
凄い。小さい。
だけどそれより、
白。白。白。白。白。白。黒。
真っ白な仔猫達の中に、一人だけ、黒い仔猫がいた。
そいつは固まりになっている白い仔猫達から一人だけ少し身を引いて、隅で丸まってる。
何の夢を見てるんだろう、時々ピンと立った耳がぴくぴく動いてる。
ころん、と転がって仰向けになると確かにユウに似てた。
「この仔達はね、あの子の兄弟の孫なんだ」
「孫…………」
思わずその黒猫に手を伸ばした。
頭を撫でると耳がピクピク動いて、それから、
ざり。
「…………、」
指を舐められた。
「…………あの、ティエドールさん」
「うん? 何だい?」
「この仔、連れて帰って良いですか?」
振り向いた先のティエドールさんの顔は、してやったり、という笑顔だった。
「こんにちは、お久しぶりです」
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