きゃっきゃっ…………
 うふふ…………
 くすくす…………


 
 談話室に木霊するのは高い笑い声と話し声。
 明らかに女性のものであるそれが、これほど一同に会するのは在籍するのは男性が多いという黒の教団では珍しい事だ。
 しかしそれも当然であった。
 今談話室の入り口は封鎖されている。そこに掲げられているのはwomens only…………即ち、男子禁制。
 数少ない筈の女性達で談話室を占拠とはこれいかに、だが現実としてはこれは月に一度の事。その間は食堂が談話室の機能を果たしている。男性陣はそれほど不便を強いられている訳でもない。
 しかも、教団のトップである室長御自らがOKしている(主な理由はそれが月一数時間の事で周囲の迷惑になるとは言い切れない事と、それ以上に彼の可愛い可愛い可愛い(略)妹もきっちりその面子の中にいるからだ)のだ。反対など出来る筈も無い。…………実際には室長の事などどうでもよくて、彼女ら女性陣の不興を買いたくないのだ。
 何せ数少ない女性陣達のうち大半は医療班在籍。後は説明せずとも知れようが、命を預かる部署故だから何か起こる(仕返しされる)という事ないだろうがともかく怖いのだ。女性陣は頭数が少ない分優秀な人材が揃っているから、尚更。

 まぁともかく、男性はけして立ち入りを許されぬ禁断の花園…………にも例外はあった。一人…………いや二人…………やっぱり一人かもしれない。
 一人は食堂を預かる料理長その人、ジェリー。彼(女?)は肉体的な性別はさておいて、心はれっき(?)とした女である。そして更にいえば、この集会――――――参加の女性陣達はお茶会と呼んでいる(因みに男性陣からは魔女会議と呼ばれている)――――――に幾つもの菓子を提供している最大の功労者でもある。
 そして今一人は…………

「あら神田、取らないの?」
「…………お前俺が甘いもの苦手だって知ってるだろ…………」
「でもこれ、お蕎麦のクッキーなのよ? 食べてみたら?」

 何故いるのか物議を醸し出しそうな、神田ユウだった。

 女性だらけの上に、常には無いレースのテーブルクロス、名と伝統のあるブランドのティーセット、アフタヌーンティー用の三段のスターリングシルバーのプレート。何処から持ってきたのかアールヌーボー調の花瓶に活けられた季節の花々といつもは質素な談話室が明らかに魔改造されているその雰囲気。
 彼が其処にいるというのは制服を女性用に代えてもそのまま通用してしまいそうな容姿だけを見れば成る程と手を打ちたくもなるが、普段の彼を知っている周囲からしてみればそれは異様でしかない。彼は外見は女性的であろうが中身はれっきとした男性だ。
 いや、彼が参加しているのには立派な理由がある。
 まだ幼い頃、彼の幼馴染の少女であるリナリーがこの会に参加することになったのは彼女を気遣う室長に成り立てだったコムイが願った事でもある。
 しかしまだ彼女は一人で見知らぬ人間に囲まれると萎縮する癖があった。その為、顔見知りで第二の兄(というよりは姉)として慕われていた神田が付いていくことになり、抜け出せないまま今に至る。

「ふふ、甘味には脳の疲れを癒す効果もある。毛嫌いするものではない」

 ソファーの一角に同じエクソシストのリナリー、及びミランダに挟まれる形で掛けている神田は、その声に若干渋い表情を浮かべながら声の主を仰ぎ見た。
 そんな彼に、声の主――――――このお茶会の主催者にして、元帥の一人でもあるクラウド・ナイン元帥は優雅に微笑み返す。
 
「俺は…………」


 ぽちゃんっ


 神田が余所を見ている間にリナリーが素早く角砂糖を彼の前にあるカップに放り込む。

「おい! 勝手に砂糖を入れるなっ!」
「お砂糖はイライラにもいいのよ?」

 たった今苛立たせた人間の発言がコレである。
 しかもそれで何となく納得してしまう神田も神田であった。甘いものを取らない所為で脳が疲労しているのかもしれない。多分。

「ジェリー特製のブルーベリースコーンだ、ほら」 
 
 有無を言わさぬ笑顔でクラウド元帥はスコーンを差し出す。
 それは薄っすら紫の掛かった旬のブルーベリーがふんだんに使われていて、甘い香りが漂っている。
 どこかの白頭であれば喜んで食いつくだろうが、それを見て神田の表情は益々沈痛なものとなった。
 まぁそんな事を気に掛けてくれるような人間は、隣でおろおろしているミランダ以外にはいないのだが。

「早く口を開けてくれないと、腕が疲れる」
「…………」

 そう重ねて言われ、神田は渋々と唇を開いた。
 それに、珍しくもにっこりと微笑んだクラウド元帥がその口許にスコーンを運んだ。
 それはハタから見れば「はい、あーん」の図なのだが哀しいかなこの中には神田をそういう目で見るような人間はいなかった。男女での事なのに漂う百合的な空気が全てを物語っている。
 誤解を受けないのは幸いだろうが全く受けないのも寂しい限りではあるが女性陣からすれば自分よりも美しい者を好んで隣には置こうとは思えないだろう。観賞用とはよく言ったものである。

「美味いだろう?」
「…………甘いです」

 律儀に口を動かす神田は渋い顔。
 喉の奥で笑ったクラウド元帥はそのまま指先を顎に掛ける。

「ふふ、どうだ、今夜私の部屋に来ないか?」

 妖しく笑う様はまさに妖艶な美女と呼ぶに相応しい。
 そこに「そういう」意図は無いと知っていたとしても普通の男性であればすぐさま参ってしまいそうなものだが、如何せん神田も結局「普通」ではないのだった。

「生憎…………先約がありますので、」

 丁重に断りを入れればクラウド元帥は鼻を鳴らし、

「つまらないな。あの男か」
「…………はい。」

(…………きっちりと予約を入れる辺り、あの男も懲りたのか)

「全く、お前程の奴がどうしてあんなロクデナシがいいのか、さっぱり分からない」
「…………俺も実は良く分かりません」

 中々散々な意見だ。
 しかし、そのロクデナシの一応世間一般的には恋人と呼ばれるであろう存在である神田は、否定もせずに頷いた。

「何が良いんだ? 顔か? 強さか? それとも夜の方か?」

 かのロクデナシ、クラウド元帥と同じ元帥位を持つ男クロス・マリアンはその強さは折り紙つきだ。それは同僚であるクラウド元帥とて保障する。
 顔も、女性十人に訊けば八人は好もしいと答えるだろう。そして、その容姿もフルに活かして年下の恋人は放っておいて世界中で女漁りときたものなのだから、まぁ、そちらの方も上手いのだろう。
 
「――――――さぁ、どれでも…………敢えて言うならば、全部、ですか」
「…………」

 その答えには流石のクラウド元帥といえど、沈黙するしかない。
 
「…………前にも聞いたが。腹は立たないのか?」
「?」
「あの男の漁色ぶりにだ」
「ああ…………。元々そういう人だというのは知っていましたから」

 至極当然、真っ当だと頷く神田。

「あの人も俺も、手に入るものには余り興味が無いので。牙を抜いて大人しくした獣は、つまらないでしょう」
「…………。言うようになった…………大人になったな」
「まさか。大人だったらこんな下らない真似、しませんよ」
「?」

 今度は怪訝な顔をするのはクラウド元帥の番。

「結局俺は負けを認めるのが嫌で嫉妬も何もしないフリなんです。悔しいので」
「…………。」

 惚れた方が負け、とは言ったものだ。

「成程な…………その台詞、聞かせてやれば泣いて喜ぶだろうに」
「あの人が泣くなんて想像つきませんが。こう、口の端だけ吊り上げる感じで笑うんじゃないですか?」
「ああ、確かに似てるな…………似なくていいぞ」 
「そうですね。うちの元帥もうるさいでしょうし」

 淡く笑う神田は、つい、と視線を時計に向けた。
 間も無くお開きの時間だ。

 約束は時刻を定められていないとはいえ、相当な時間を此処で過ごした。
 それは途中で退出すればよかったものを敢えて居座り続けたからだ。
 …………さぞや不機嫌だろうと思って、思わずその様子を思い浮かべる。至極どうでもよいが哀れな彼の弟子は八つ当たりされているだろう。もしかしたら借金を増やされているかもしれない。
 
 ――――――俺が貴方が触れた女に感じた嫉妬の、数千分の一でもどうぞ味わってください。

 カップの波打つ紅茶に映る顔は、笑っていた。 

<続>
 



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