「…………うぅぅぅぅ…………」
「が、頑張るさアレン!!」
お開きとなった会。ようやく、甘ったるい菓子や、花や、脂粉の香りから逃れられて思わず安堵の溜息をついた。気を取り直して一人食堂に向かう。
そこではモヤシが机に臥して泣いていて、ラビが必死に其れを慰めているという図が、あった。
「…………」
何があったのかは訊くまでも無いのでスルー決定だ。
無視して奴等から遠い通路を歩き、カウンターに向かう。
が、しかし。奴には用事があったらしい。
「あああああ神田ぁぁぁぁぁ!!」
「…………何だよモヤシ」
「君の所為なんですからね!?」
「知るか馬鹿」
そんな事俺の知ったことじゃない。
「ユウ、せめて何があったかくらい聞いてあげて!!」
「時間の無駄だ」
「「酷っ!!」」
「どーせ借金増えたんだろ?」
「知ってるんじゃないですかぁぁぁぁぁっ!!!」
掴みかかりに来たモヤシの手を叩き落して俺はカウンターに向かう。
「君が師匠をからかうからでしょう?」
「からかったつもりなんて全く無いが」
「からかわれたつもりももねぇがな」
「「うわっ!!」」
…………。来た。
「あ? それとも何だ? お前の目には俺がガキ如きに振り回されてるように見えてるのか?」
「見えてません見えてません見えてませんごめんなさいごめんなさいごめんなさいだから師匠その手に持ってる紙の束こっちに押し付けるのは止めてください!」
「…………。」
――――――ああ。
ああ、やっぱり。
所詮己は矮小で、この程度なのだと思い知らされる。
胸の内の荒れた感情。理由など考えるまでも無い。
揺れる心を悟られたくなくて、黙って踵を返した。後ろの騒ぎを努めて意識しないようにする。
強い視線に貫かれる心地は、何処か快かった。
食事を終え部屋に戻り、向かったのは風呂場だ。
空いている時間を狙った為か、一人での貸しきり状態だ。
入浴に常よりも時間を掛けて、体の芯から暖める。
時間はそろそろ日付が変わる変わらないか。
不意に外が騒がしくなり――――――それも忌々しくも良く知った声でだ――――――風呂から退散する事を決めた。
脱衣所に戻ると、その場で騒いでいたバカ二人が間抜け面でこっちを見てやがる。
「…………は? 君、何でまだこんな所に居るんですか?」
「…………」
モヤシの言葉には無視を決め込む。するとヘタなフォローのつもりかラビまでも口を挟んできた。
「早く行かないとクロス元帥怒るんじゃねぇ?」
「知るか」
「止めて下さいよ!! 八つ当たりの先は僕なんですから!!」
五月蝿い黙れ叫ぶな。
そんな念を籠めて奴らを睨んでやった。関わるのは面倒なので背を向けて、聞くつもりがないのをそうと解るように示してやる。
「あーもー!! 面倒な人ですねぇ!!」
「五月蝿い」
「君が居ないとうちの師匠は機嫌が悪いんですよっ!」
「…………」
――――――…………
ああ、だから俺はこの程度なんだ。
そんな本人から引き出した訳でもないそんな言葉でさえも、相好を崩すのだから。
「? ユー…………ウッ!?」
回りこんできたラビが、人の顔を見て硬直した。
…………無礼な奴め。
再度時計を確認すると、「今日」は後十分。
約束は、「今日」だ。
焦らすのも、そろそろ頃合だろう。
替えの服に袖を通して、
「おい、ラビ」
「…………へ? あ、ああ? 何さ?」
「これ、俺の部屋に放り込んどけ」
「え? 洗う奴?」
「その位自分でやれば…………」
「五月蝿ぇな。これから俺は行く所あんだよ。今夜は部屋には戻らねぇ」
「「…………」」
ぽかん、としたアホ面の二人を置いて、今度こそ俺は風呂場から出た。
「――――――失礼します」
「ようやくのお出ましか」
ノックをして、返事が返る前に堂々と踏み込んだ。
元帥の為だけあって、華美な設え。かつては埃に塗れて見る影もなかったが主人の帰還に合わせて手入れされたこの部屋は恐らく教団本部で何処よりも豪奢だろう。
「お待たせした様で」
「はん。――――――まあ、いい」
相手は傲然たる様子で安楽椅子に掛けていた。
指先だけで示され、大人しく従いその傍らへ。
「お約束は『今日』ですから」
「で? 灰かぶり宜しく日付が変わったら帰ると?」
「帰してくれるんですか?」
「まさか」
「でしょうね」
視界がぐるりと反転して、天井が目に入る。
「…………帰るつもりはありませんよ」
「安心しろ、帰すつもりもねぇ」
「でしょうね」
「だろうな」
『今日』は、始まったばかりだ。
<終>
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