<ver 胡蝶の儚夢>(ラビ×神田嬢 元遊郭パラレル)


 如月の十四日。
 都では雪が家々の屋根を白く染め上げている。
 家では一つになったばかりの子供が二人も居るから、家中の障子は締め切って一切開け放たないようにしてはいるけど、でも寒い。
 五月蝿いジジイは今外国にいることだし、こんな日は仕事は早々に切り上げて、小さな私室で子供達と、最愛の妻と、火鉢を囲んで正月に余った餅でも炙りながらぼんやりするのがいい。

「ばれんたいん?」
「そー。西の方の国では、そういう日なんさぁ」
「馬連他陰か…………どういう日なんだ?」
「ユウちょっと、今想像した漢字此処に書いてみ?」
「こうか?」
「うわ、凄い事になってる…………」

 茶を飲みながらの何気無い会話の途中。ふと出してみた話題のバレンタイン。
 最もこの国の行事ではないのだからユウが知る筈はないんだけど、それでもその当て字は中々面白かった。

「違うのか…………。で、どういう日だ?」
「んー、親しい人にカードとかちょっとしたプレゼント…………あ、贈り物、進物ね、そういうのを渡す日さ」
「中元とか歳暮じゃないのか?」
「うーん、そういうのとはちょっと違うかな…………相手が目上とは限らないし」
「ふーん…………」

 ユウはよく分からない、という顔をしながら頷いた。ついでに、ころん、と寝返りをうって子供用の小さな布団から転がり出てしまった息子を捕まえて布団に戻す。

「こら、冷えるだろう。…………そういえば去年の今頃、アレンから葉書みたいなのを寄越されたか。今年も来るかもな」
「ああ、多分それさね」
「ほう…………何か返したほうが良かったのか?」
「あー…………どうだろ?」

 今更な話だ。

「そうそう。興味深いのはね、国によっても大分違いがあるんだけど――――――恋人たちの日でもあるんさ」
「…………恋人?」
「そう。バレンタインの由来になったのがバレンタイン司教っていう、まぁ伴天連の坊さんなんだけどね。大昔に、ある国で兵士は結婚できないって法律があったのにそれを無視して兵士の結婚をさせちゃったのが王様にばれて処刑された日が今日っていう」
「…………。帝の勅令に反して結婚できない武士を結婚させた僧侶が処刑された日か? 何一つとして恋人の日らしくないが…………」
「まぁそうかもしれないけど。それだけ皆結婚したかったんでしょ」
「…………ふーん…………」

 其処だけは理解できる、そう頷くユウに思わず嬉しくなってその額に口付けを落とす。擽ったそうに目を閉じて受け止めてくれたユウは柔らかく微笑んで俺の胸に身体を摺り寄せるようにして預けてきた。
 
「進物か…………お前はどんな物を貰ってた?」
「え? 俺? あっちでって事? …………うーん」

 思い出すのはカードに色も様々な小さな飴玉。子供が喜ぶだろうと周囲の大人達が考え抜いただろう菓子ばかり。

「色々あったけど…………一番好きだったのはチョコレートかも」
「…………ちょこれいとう?」
「黒いお菓子さ。甘いのが最近では多いけど、苦いのもあるかな。そのまま食べたり、溶かして食べたりするんだけど…………今度交易であっちに行ったら、買ってくるさね」
「…………ああ…………」

 ふっ、と視線を落としたユウは何かを考えてるような顔をしていた。






「奥様? どうなさいました、こんな所へ」
「夕餉の支度を始めるまでには時間があるな? 少し貸してくれ」
「それは勿論…………けれど、奥様が手ずから料理など…………」
「いいんだ」






「…………ん?」

 夕餉が終えられ、膳が下げられた。…………と思ったら、何故か蓋付きの椀がもう一つ供された。

「え? 何これ?」

 今更味噌汁?

 不思議に思って夕餉を供した使用人を見やれば、彼女は袖口で口元を覆って、ふふふと含み笑い。

「どうぞ、若旦那様。奥様が手ずから若旦那様にとご用意された物ですわ」
「え? …………ユウ?」

 その言葉に正面のユウを見ると、ユウは澄ました顔で湯飲みのお茶を呑んでいた。

「…………?」

 とりあえずはと促された通り蓋を開いて――――――

「…………ん? 何これ?」

 中に入ってたのは、黒っぽい…………

「熱いぞ。気をつけろ」
「…………あちっ!」
「言った端から…………」

 言うのがちょっと遅いさぁ…………
 あ、でも、甘い。美味しいかも…………あ、餅入ってる。

「汁粉だ。お前の言ってたちょこれと? も探してみたが見当たらないし、黒くて甘くて溶かして食べるといえば餡くらいしか思いつかん。今年はそれで我慢しろ」
「…………あ、」

 これ、バレンタインの…………

「…………んーん。俺、これ好き。ずっとこれがいいさぁ」
「?」
「美味しい。ありがとねユウ」
「どういたしまして」



<終>