<ver 恋の狂騒曲>(クロス×神田嬢 現代パラレル)
別に今日というその日を知らなかった訳じゃない。
頭の片隅には勿論あった。
だがしかし、そういうのは俺の柄じゃないし、事実これまで十八年間、一度たりともそのイベントに参加した事など無い。まぁ伯父さんに小さなチョコを渡したくらいならあるんだが、そうではなく特定の相手に…………というのは無い。
今年だって俺はそのつもりだった。
だがしかし、何故か、
「あらユウ、おはよう。遅かったわね〜」
何故か今年は、伯母さんが妙にやる気だった。
日曜日、朝七時半。
いつもなら朝食を取り、今日一日どうしようか考えながらぼーっとしていそうなそんな時間。但し今日に限っては俺はエプロンを着て台所に居た。
目の前の家族が食事を取るテーブルの上には果物、小麦粉、ナッツ類、それから銀色の小さな砂糖の粒、白い粉砂糖、ココア、そして黒い塊――――――チョコレートの山。居間を覗き込んだところ、伯父さんは一人でソファーの上でもそもそとトーストを食べていた。
「あの…………これ…………」
「今年は作り甲斐があるわねぇ〜」
何を? 誰に?
…………とは聞かずとも察せられるが。
あの男が、甘い菓子なんぞ食う姿は想像つかない。真剣に、想像つかない。似合うのは酒と煙草だ。
「伯母さん。先生がこういうものを食べるとはとても思えないんですが、」
「あら、でもこういうのは心の問題よ?」
…………そうか?
「仮にも婚約者なんだから、この位はねぇ?」
…………ふむ…………。
「アレン君にも用意して上げなきゃ」
伯母さんはいたくアレンを気に入っている。
孫が出来たと喜んでるが…………、あいつ今年で二十四だぞ。俺より六歳も上じゃねぇか。
「ねぇユウ、どれにしようかしら?」
嬉々とした表情の伯母さんが広げた製菓の本を俺も覗き込んだ。
がしょがしょと音を立てながら力技で甘ったるそうなクリームを粟立てていると早速伯母さんからチェックが入った。
「ユウ、もっと優しくなさい。心を籠めて泡立てるの」
「…………」
意味が分かりません。
「こういうのは気持ちなの。籠めた分だけ、美味しくなるのよ」
「…………はぁ…………」
たまに伯母さんの話は訳が分からない…………。
しかし甘いものが好きじゃないだろう相手に甘いものって、中々嫌がらせじみてないか?
せめてもっとこう…………塩辛いものとか。それかメシ作り行くとか…………。
だが全ては今更だろう。この剣幕の量だし、作り始めてるんだし。
甘ったるいもの、ねぇ…………。あいつが喜ぶ顔なんて想像着かない。
「大丈夫よユウ、喜んでくれなかったら…………」
俺の複雑な、主に不安で占められた心中を読んだのか伯母さんは、
「ジャーマンスープレックスの刑よ☆」
刑よ☆って。
俺がやるんですか? 伯母さんがやるんですか?
「ついでに三倍返しのお礼のおねだりを忘れずにね?」
「…………はぁ、」
…………なんか企んでる感じだな…………。
嫌な予感を感じた俺が、この時俺の直感が正しかったと知るのは一月後の事だった――――――。
<終>