初夏の風が吹く都。
「…………おや。あちらに見えるのは…………」
「ほう、件の若宮様か」
「ああ、またあの家司殿を伴われておられるのか」
その心臓部である内裏では、貴族達の好奇の視線が一様にとある主従へと向けられていました。
主は、今上の鍾愛を受けていた今は亡き三ノ女宮所生の若宮様。従者は若くしてその家司を務める青年です。
殊に主の方は母君は降嫁なされ、ご本人は臣籍の産まれであったものを先んじて今上の勅令にて改めて貴い一族の一員として迎え入れられた事でも名を知られておりました。
ですが、人々の目を引くのはそのお身の上ではなく、お二人のその何とも仲睦まじい、まるで乳兄弟かのようなご様子です。主の若宮はまるでその家司を兄と慕うかのようにしておられます。
その様子に、さてはあの家司は先の神田当主の隠し子では、姫宮の降嫁を受けながらも他に側室を迎えるとは何たる不始末、いやしかしそれにしても若宮と余りにも親しいような――――――と人々は揃って首を傾げるのでした。
そんな周囲の視線を全く気にしない二人は――――――
「ラビ、お前の首の所に葉が、」
「え? 本当? 取って?」
「ああ」
まるで知らない人々からすればどちらが主人でどちらが従者か分からないような事を言いながら、自分達の部屋へと向かっていったのでした。
「――――――お断りします」
丁寧に伏して、しかしけして譲るつもりもなさそうな声で、ユウはそう言いました。
その眼前に御座すのは、ユウのお祖父様である今上帝と、伯父上に当たる東宮です。二人共、「だと思った」という顔ではありました。
元より政務を終えてさて帰ろう、そうした所を引き止められた為ユウの機嫌も宜しくありません。昼餉を摂り損ね、自分自身は兎も角ラビがさぞや腹を空かせていることだろう――――――そう思えば機嫌も悪くなるというものです。
「まぁ、その、なんだ。ユウ、勿論お前とあの家司の事を知らぬ訳ではないのだが…………」
「どうだ、せめて顔だけでも見てはみないか?」
「お断わります」
断固として拒否。
そんな様子のユウに、お二人は溜息を付きました。
勿論、元よりユウが大人しく頷くとは思ってはおりませんでしたが。
お二人が持ちかけたのは、ユウと東宮の一の姫宮との縁談です。
ユウから見れば従姉妹に当たる姫宮様のお年はユウと程近い――――――奥方として不自然でない程度には――――――為持ち上がった縁談ではありました。
同時に、未来の帝の長女を妻に頂いたとなればユウの身位も保証され、恙無く暮らせることだろうという帝の親心もあります。
また、ユウには伏せては居ますが見目麗しいユウに姫宮が淡く想った事もあるため、なのですが…………
「俺は妻を娶るつもりはございません」
ぷいっ、とそっぽを向いてユウは言いました。
「うむ…………」
ユウとその家の家司の事は、内裏の内では知らぬ者はおりません。それ所か尊いお身内の間では、二人が主従以上の関係であることも周知されています。何せ一族へ入る際にユウが望んだことと言えば嘗ての主人にそれなりの――――――ユウの傍に控えることが不自然でない程の――――――地位を与えることと、帝位継承権の放棄だったのですから。
葵の大祭やら何やらを二人揃って観覧している姿も良く見かけられ、そして不運にも彼らの牛車の隣に車を付けてしまった者はその時の隣の様子に顔を赤らめ口を噤むのでした。
それどころかユウは時折手ずから料理を家司に供し、その身の回りの世話を自分の事と併せて一切を取り仕切るのですからある意味では見上げた従者精神と言えるでしょう。
ですがユウはあくまでも主人であり、時折その主人として、いえそれ以前に尊い一族の者として相応しからぬ振る舞いだとして尊い方々の間でも頭痛の種として話されるのですが、咎めでもしようものなら即座に荷を纏めて家司の実家に帰るであろうことも容易に予想がつくので誰も口にしないのでした。
ユウは硬質な視線を外へ向け、赤の掛かり始めた空を見やりました。
「ああ…………そろそろ夕餉の時間ですので失礼します」
頭を抱える帝と東宮を尻目に、許可などいらぬとばかりにさっさとユウはその間を後にしたのでした。
「お帰り」
「ただいま」
昼御座から退出してきたユウは、そのすぐ傍の廂で待っていたラビに淡く微笑みます。
「もういいんさ?」
「いい。どうせ大した用件じゃない」
伯父上とお祖父様が耳にされれば嘆かれるだろう事をさらりと口にし、二人は帰る為にすたすたと牛車を留めてある方へと向かったのでした。