秘めやかな悪戯が牛車の内で行われるのは何時もの事。
車寄では、今日も頬を赤く染め、膝も砕けたまま艷めいた吐息を漏らすユウが先に降りたラビの手に抱き上げられ、牛車から降ろされました。
「お帰りなさいませ、宮様、家司殿」
「夕餉の準備がまもなく整いますが、如何なさいますか」
最早その状況など毎日の事である使用人や女房達は何一つ動じずに二人を出迎えます。
「ラビ、どうする?」
「うーん、そうさねぇ…………腹減ったかも」
自分を抱いたままのラビに聞いたユウに、ラビは柔らかく微笑んで返します。
主人が、自分の意思よりも隣の自分の従者の意思を優先させることを知っている女官は一つ頷き、
「では、すぐにご用意致します」
「…………昼餉に間に合わなくて、悪かった」
「いいさ、別に。ユウはお腹減ってない?」
「俺は平気だ」
元より二食をきちんと摂る習慣のないユウは時折そうして食事を抜かして平気な顔をし、周囲の侍従達を困らせます。
その上に土臭い野菜など下々が食べる物、という世の中に置いて野菜ばかり食べるので、食事を預かる者たちは溜息をつくのでした。
日中は汗ばむような暑さでも、まだ夕刻にもなれば涼しい風が吹いてきます。女房達が膳を整えている間戯れるようにして水を浴びていた二人が屋敷の中に戻ると、既に膳の用意は終わっていました。
廂に外向きで膳を出した二人は女房達を下がらせ、二人だけで夕餉としました。
ラビの持った盃に、ユウが澄んだ酒を注ぎます。
「あ〜…………」
一口で飲み干したラビが何とも言えない声を上げました。
実家で口にするのは世に良く出回る濁り酒ばかりで、清酒など殆ど口にしたことがありません。それは本当に一握りの、高貴な人々しか口にすることが出来ないからです。
喉滑りの良さから盃を重ねるラビに、何度も酒を供したユウはふと顔を上げました。腰に回された腕に、強く引き寄せられています。
「ラビ?」
「東宮のお姫様だって?」
「ああ…………聞いてたのか」
戸一枚隔てただけ、しかも隠し立てするつもりも無い為に人払いもしていません。
ユウにとってそれは無意味なのですから。
「断るの?」
「当然だろう」
「少し勿体無い気もするけどね」
肩を竦めて笑うラビにユウは瞬きました。
「何がだ?」
「政治的には、ねぇ?」
「馬鹿を言うな。俺は別にそんなものに興味はない」
権力も、財産も、名誉も。全てはユウにとっては無意味なものです。それはかつて一度は「ラビの隣にいる」その為だけに全て投げ出そうともしたのですから。
驚くほど真っ直ぐで澄み切った感情を向けてくるユウにラビは微笑みかけて唇を重ねました。
暫しの接吻のあと、
「…………止めろ、俺は酒は苦手なんだ」
口移しで酒を与えられたユウは、けれど酒の所為だけではないでしょう、顔を紅くしながらラビを睨みました。
「大丈夫、酔ったら責任持って介抱するさ」
「それは本当に介抱か?」
「さぁ、どうだろ」
悪戯に細められた翠の瞳に視線を奪われたユウは、ラビに身を任せるようにその腕の中に収まり目を閉じました。
賢く、そして察しの良い女房達は二人が長すぎる夕餉を取っていても様子を身に来るような事はありません。
そもそも二人が二人だけで夕餉を取る時に、それが夕餉だけで済んだ試しなどありはしないのです。
契りを交わした二人は素肌に衣類を掛けただけの姿で寝転がり、しなやかな足を絡めながら甘く睦言を繰り返しておりました。
「盛夏になったら、一回田舎に戻る?」
「そうだな、旦那様にご挨拶したい」
「旦那様はやめといた方がいいかも、ジジィが真っ青になるさ」
「そうか? 久しぶりに風呂焚きでもやろうかと思ったが」
「駄目さ…………他の奴らが心労で倒れるって」
ラビの家が嘗てユウを風呂焚きとして扱っていたのは、尊い方々の間では黙認、見なかった振り、です。
帝あたりは問いつめたい所でしょうが、そんな事があればユウが都から消えるのは確実なので黙らざるを得ない、という部分があります。
咎めがなかったことにほっと胸をなでおろしている家人達は、そんな嘗ての事を思い出させるような事をされたくないだろう、とラビは思いました。
…………それから、盛夏の間の話をしていた二人はやがて吹きこんできた心地良い、涼しい風に吹かれてうとうとと眠りに落ちて行きました。
何故なら彼らは知っているのです。この穏やかな時間はずっと続くのだと。急ぐ必要など何処にも無いと、知っているのです。
都の夜は甘く、静かに更けていくのでした。
今後もこやつらは食って飲んでヤッて寝る。それで幸せ。
時折内裏を引っ掻き回す。そして幸せ。
そんな話でした。
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