呉服屋の二人がその場にたどり着いた時には、屈強な猟師や農夫達による人垣が出来ていました。
「はいはい、ごめんちょっと通してー」
「お、大旦那じゃねぇかい」
「丁度いい、こいつを見てくれよ!」
人垣を組む男達に小突かれるようにして、中に囚われていた一人がふらりと姿を現しました。
思わず二人は瞠目し、顔を見合わせます。
――――――雪のような白肌に、紅い唇。そして漆黒の髪と切れ長の瞳、同色の着物。
その出で立ちで大きな風呂敷包みを抱えています。
「うーむ…………」
見事な美貌に大旦那は唸り、顎に手をやりました。先だって輿入れした領主の姫君も裸足で逃げ出すでしょう。
「な? 変だろ? 何一つ喋りやしねぇし…………こいつは物の怪に違いねぇ!」
猟師が猟銃を高く掲げて言うと、そうだ、そうだ、と口々にその場の男達が頷きました。
その様子に、表情は変わらないながらも囚われた一人の瞳の瞳孔は大きくなり、明らかな怯えが見て取れます。
「ま、まーまー、待つさ。な、ジジイ、どう?」
「里に物の怪が下りてきた、これが落ち着いていられるかってんだよ呉服屋!」
「…………呉服屋、」
「「「「!!」」」」
それまで黙り込んだままだった彼は、小さく呟きました。
声を荒げていた男達は、「こいつ喋れるのか」という顔で彼を見ます。
「ラビ…………?」
「え? 何で俺の名前…………」
名前を呼ばれたラビが戸惑い顔で彼を見やりました。
記憶力には自信があり、そしてこんな目立つ容姿の相手ならばまず忘れることはない――――――ラビが眉根を寄せると、彼は小さな声で続けます。
「アレン、が、言った…………」
「アレン? 今お前さんアレンつった? アレンの知り合いなんさ?」
こくり、と彼は頷きます。
その様子に、周囲は何だ何だとざわめき始めました。
「アレン、つーとあの大工屋の所の手伝いの坊主だろ?」
「何だ、そいつの知り合いなのか」
「いや待て、本当に知り合いなのか連れて来て確かめさせろ! おおい、誰か大工の所に行って来いよ!」
騒がしさを増した辺りに、ラビは、
「とりあえず…………うちに来るさ」
そう言ったのでした。
ラビ達の店は物々しい雰囲気に包まれておりました。
「!」
足音に反応し、バッと顔を上げた青年は腰を浮かせます。そこに少年が慌てて駆け込んできたのはすぐの事でした。
「かっ、神田!」
ドンッ
彼を認めるなり駆け寄ってきた少年――――――アレンに、神田は抱きつきました。
此処には居ない筈の彼の存在に眼を白黒させていたアレンは、しかし自分の背に回されたその腕が、肩が、カタカタと震えている事に気付いて眉根を寄せました。
「神田…………どうして降りてきたんです?」
「…………」
「人里に興味があったんですか?」
「…………違う」
アレンの胸に顔を埋めながらぽつり、と神田は返事をしました。
「じゃあ一体どうして…………」
「…………忘れ物。弁当、置いてった」
「あ」
でん、と床の間に置かれた風呂敷包みにアレンは納得します。
「わざわざ届けに来てくれたんですね? ありがとうございます」
「…………」
すり、と頬を胸に擦りつけるようにして甘えてくる神田に相好を崩し暫く神田の頭を撫でていたアレンは表情を変えて、周囲の戸惑った顔の男達をやや睨むような顔で眺め回しました。
「…………皆さんお揃いで、僕の妻に何か御用でしたか」
「い、いやぁ…………そのな?」
「見慣れねぇ奴が来たっつーんで、俺達もな? その…………」
「…………」
半目になるアレンにしどろもどろに答え、ある者は気まずそうに、ある者は申し訳なさそうに弁解します。
「しかしまぁ、アレン、お前いつの間に嫁さんなんか貰ったんさ?」
ラビがとりなすように話題を変えました。
「冬の間にです。ね?」
「…………」
アレンが微笑みかけると神田小さくはにかむように笑い、頷きました。
そのラブラブっぷりにラビは眉尻を思い切り跳ね上げます。
「まぁそういう事らしい。お主ら、仕事に戻るがいい」
大旦那に言われ、里人達はそそくさと店を後にしていきました。
最後の一人が戸を潜り抜けたのを確認してから大旦那は少しの呆れ顔で肩を寄せ合うアレンと神田を見やり、
「さて、事情を聞こうか」
「事情?」
そんなもの無い、そんな顔をするアレンに大旦那は、
「人外の者を娶った理由だ。――――――あるだろう」
「ああ、その事ですか」
「えっ!?」
その言葉に声を上げたのはラビです。
「…………未熟者が。お前は人と人でない者の区別もつかないのか」
「だ、だって! どう見てもにんげっ…………」
「愚か者め」
大旦那は溜息を付き、再度二人に視線を投げました。…………今度は二人は啄みあっています。
…………。店の外でやれ。
呉服屋の大旦那と若旦那の思考は、ぴったり一致しました。
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