「…………という訳です」
冬の間の話をしたアレンは、ふぅ、と溜息をついて出された茶碗に口をつけました。
「ああうんアレン…………事情は分かった、分かったんだけどさ…………何? 嫁さんは発情期なん?」
「はぁ?」
座敷の中。
呉服屋の二人と相対していたアレンは眉根を跳ね上げました。
「何がですか、何処がですか」
そして腕の中の妻を見下ろします。
腕の中には神田が収まり、自分の事とはいえ人間達の話に一切興味を示さずうとうととしています。
「何でそんなにベタベタ…………」
「こんなの普通です。…………怖かったんでしょう可哀想に。猟師は神田達の天敵なんですから」
鉄と硝煙の匂い。周りの人間が漂わすそれらに神田が怯えたのは、少し見ただけでアレンには分かりました。
「大体発情期がこの程度の訳が無いでしょう?」
「どうなるんさ?」
「…………」
ラビの問いにアレンは口元だけでふっ、と笑い、
「そりゃもう、もんのすごいです」
「ぐ、具体的には?」
「搾り取られてカスカスになっちゃう位です。寝る間も無いですし」
「…………」
ラビはアレンを見、神田を見、またアレンを見ました。そういえば春の頃に、四日くらい里に降りてこなかったけどまさかあれが…………と遠い目になります。
まぁ確かに、人間ではないからか、神田の愛情表現は随分と直接的です。先程の二人の再会の挨拶ですら、見慣れていないラビとその祖父にはまさかこのまま人目も憚らずに他人の家で濡れ場に雪崩れ込む気か、と思わせる程の濃厚さ。
あんな美人の(人外ですが)嫁にとは羨ましい、いやでも搾り取られてカスカスは怖い…………とラビの思考はズレて行きます。
「油を絞った後の胡麻か」
ぼそりと呟かれた呉服屋の大旦那の言葉にアレンは頷きました。
「ええまぁ、そんな感じです。…………ねぇ?」
「…………」
神田の丸い後頭部から背に流れる髪、それと耳の後ろの辺りをアレンが撫でると神田は気持よさそうな顔をし、瞼をふるり、と震わせました。
バサッ
「!」
「うわっ!」
「あ、神田羽根出ちゃいましたよ」
「んー…………」
突如現れた大きな白い羽根にラビは上ずった声を、大旦那は年の功で声こそ上げませんが大きく目を見開きます。
それを見れば流石にラビも神田が人外の存在であることを納得せざるを得ません。
「…………何の妖だ?」
「妖かどうかは知りませんが、神田は鶴ですよ」
もふもふと神田の羽根に顔を埋めながらアレンが答えます。…………暑そうです。
(…………ジジイ、鶴の妖ってどうなん?)
(ふむ…………肉食ではないし、人に危害を加える者ではあるまい。むしろ…………)
(むしろ?)
(鶴は神鳥、縁起物の一種だ。長寿の象徴、或いは幸運を齎すモノだとされている。人に化けられる程ならば余程の力を持っているのか、それとも齢を重ねているのかどちらかは知らんが…………)
(へぇー…………)
(賢く慎重な生き物だ、まさか生きている間にこの目で見れるとは思わなかった)
ありがたい生き物なのか、とラビは神田を見やりました。…………それは丁度、寝ぼけ眼の神田にアレンが口付けていた所でした。本当にあのバカップ…………もとい夫婦の嫁の方は、そんなありがたい生き物なのでしょうか。
(珍重であるからこそ、存在が知れ渡れば狙われるだろう)
(…………)
暗に「黙っておけ」と言われたラビは祖父に視線をやり小さく頷いて答えました。
そして二人してアレンと神田に視線を戻し――――――…………
神田の背がアレンの悪戯な左手により肌蹴られ露わになっていましたので――――――
「「家でやれぇぇぇぇぇぇ!!」」
思わずそう叫んだのでした。
そしてその叫びに応じて二人仲良く里を後にする傍迷惑な馬鹿夫婦を見送りながら、二人は酷い疲労感に大きく溜息をついたのでした。
<終>
神田誕生日記念第二位、鶴の恩返しの続きでした。何だこのバカップル。
この後ちょくちょく神田は里に降りてきては何やらやらかしていくでしょう。
因みに春編なんてものはソンザイシマセンヨ?
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