一つ。その会では「優雅」を心得よ。
 一つ。その会では争いは無用の長物。
 一つ。その会は蝶の如き女性達の花園である――――――約一名を除いて。




「…………はい?」

 その部屋に招かれた彼女の第一声は、それだった。


 教団にティモシーの家庭教師役としてやってきた彼女はとある日、その会に誘われた。
 少数派の女性達が親睦を深め合う会だ――――――確かにそう聞いた筈なのだが、彼女の眼前で何時も通りの無表情で似合わない事にロイヤル・コペンハーゲンのフローラダニカで紅茶を飲んでいた「彼」は会の趣旨を考えたならば彼がそこにいるのは明らかに可笑しい。見た目でだけで言えば、違和感も何も無いのだが。
 隣はリナリーが、先程から右手にクッキーを持って隙あらば「彼」の口の中に放りこんでやろうと画策の最中であり、その正面ではミランダがそれが「彼」の逆鱗に触れないか、ハラハラしながら見守っている。

「…………」

 暫く呆然とエミリアが彼を見つめていると、視線に気付いたか――――――いや恐らくは気付いてはいたが無視していたか――――――「彼」神田は顔を上げた。
 視界に入れ、しかし興味は無いとばかりの態度で視線を逸らす。

 ――――――いやいやいや、おかしいでしょ!?

 彼女にもう少し理性が足りなければ、若しくは勇気があれば、思う存分そう叫べただろう。しかし勝気さには定評があるとはいえ、生憎とその会の女主人を前にそのような振る舞いに出ることは出来なかった。
 その女主人ことクラウド元帥は淑女もかくや、といった実に優雅な所作で茶を愉しんでいるところだった。問題の、神田ユウの隣で。
 そしてその様は何故か愛人を侍らす高貴な人物にも見えたのだがエミリアは頭を振ってその考えを追い払った。その図での配役はどう考えても、性別を考慮すると、おかしい。逆であるべきだ、本来は。
 暫しの時が流れた後、クラウド・ナイン元帥は新入りににっこりと微笑みかけ促した。

「まぁ、まずは掛けなさい。立ち話では落ち着かない」
「は、はい」

 ソファーへの着席を促されたエミリアはミランダの隣、丁度神田の正面に当たる位置に腰掛けた。直ぐに彼らが愉しんでいたお茶と同じ物が何処からとも無く運ばれてくる。
 マスカットにも似た香りのダージリン・ティーを楽しみながらも、疑問を解決するためにはどう切り出したものか…………そう彼女が悩んでいると。

「っ!」

 一瞬の隙を突いてリナリーが神田の口元にクッキーを放り込んだ。

「何しやがっ…………」
「あら、ダメよ神田。折角のジェリー特製のクッキーなんだから」

 声を荒げかけた神田の口元にリナリーは指を押し当てそれ以上の抵抗を封じた。怒鳴り散らして暴れないのは彼なりに女主人に敬意を払っていることと、やはりというか、色々なことが少々恐ろしいからだ。

「あの…………」

 そのやりとりを前に、思わずといった風情で漏らされたエミリアの言葉。

「何でいるの?」

 直球が過ぎたその問に、リナリーはミランダと顔を見合わせる。

「俺も同感だ」

 心底うんざりしている、そんな様子の神田が一言を添えた。

「…………実は、女の人?」
「もしそう見えるならお前は今すぐ医務室行け」
「…………」

 行ったほうがいいかしら、と思わず考え込んでしまう。
 何せ、彼の存在は少なくとも彼女の目には、何一つ違和感なく周囲に溶け込んでいたのだ。最初は。最も、それはあくまで座っている状態での話だ 。流石に見間違えるには彼の身長は高い部類だ。
 けれど、とエミリアは改めて神田を見回した。
 この会の為だけに用意されただろう清潔な、染み一つ内無い真っ白なシャツは多分その光沢からしてシルクのもの。髪と瞳に合わせたか、黒いタイを結んで同色のスラックスを履いた姿は、三メートル位離れて見れば男装した女性と取れなくもない。瑪瑙か翡翠かを飾った紐で結った髪はしどけなく胸元に落ち、扇情と清廉の間を行ったり来たりしている。
 教団に来てからこそ様々な人種の人間と触れ合っているとはいえ元来東洋人にはそれほど馴染みがない。だが、それでも彼が存分に「オリエンタルビューティ」と称されて然るべき容姿である事は確信出来ていた。

「神田神田、最近元帥とはどうなの?」
「お前、マリとはどうなんだ」

 リナリーからの問いかけを華麗に無視した神田は正面のミランダに唐突な問いを投げかける。

「えっ、ええ!?」

 突然矛先を向けられたミランダは慌てふためく。無論神田が実際にその話題に興味が有るのではなく、リナリーの質問から逃げたかっただけであろうことはエミリアにすら理解できた。

「マリさん? って、あの…………」
「ティエドール部隊の一人だ。見たことはないか? 大柄な、神田の諌め役の一人だ」
「あ、はい、ありますわ」

 成程、彼らの関係は知らなかったけれど確かにお似合いの二人だ、とエミリアは頷いた。

「わ、私は、そんなんじゃっ…………」
「そう? マリは残念がるんじゃないかしら」
「そうかもな」
「そうだろうな」
「!!!!」

 ああ、今にも憤死しそう。
 真っ赤になるミランダの顔色を見てエミリアはそんな事を思う。
 しかし、ついさっきまで言い争い(?)していたような気がするのに、何なのだろうこの計ったかのような連携プレー。

「でも、いいわね。青春だわ」
「お前の方が年下だろうが」
「相手がいないもの。あ、神田、相手になってくれる?」

 まるで大輪の華が咲くように笑ったリナリーに対し、神田の返事は非常に冷たく素っ気無かった。

「阿呆か」
「なら私の愛人はどうだ」
「お断りします」
「少しは悩んでみせろ」

 …………何、何なのこの会話。
 そんな事を平然と言ってのける彼女らも彼女らだろうが、美女と美少女に迫られてさらりと交わせる神田も神田だ。どれだけ経験を積むとこうなるというのだろう。
 その実、神田の事を「悪くない」と思っていたエミリアは少なからず衝撃をうける。

「いかんな、相手がいる奴は実につまらん」

 鼻を鳴らしたクラウド元帥の言葉に、エミリアは敏感に反応した。

「いるの!?」

 ガタッ

 思わず立ち上がり身を乗り出したエミリアに神田は心底嫌そうな顔をした。

「いるのよ。だから、神田は諦めた方が身の為よ?」

 返事を寄越さない当人の代わりに、隣のリナリーが歌うように囀る。

「因みに、誰?」

 ぐるり、と辺りを見回した。
 この一室に教団の女性ほぼ全員が出揃っている、筈だ。職場恋愛ならこの中に相手がいるのだろう。エクソシストやファインダーで任務に出ている者などがいればまた話は別だろうが。

「此処にはいないわね」
「来たら放り出すぞ」

 途端に眉根を寄せて嫌そうに言うクラウド元帥に果たしてどんな相手なのか、と混乱する。

「流石のクロス元帥でも、それは無いと思いますけれど…………」
「…………元帥?」

 今、彼女は何と言ったか。
 エミリアはリナリーを凝視する。
 教団の実働部隊の上位に位置する元帥の存在は教団を訪れたその日に知らされているし、実際会ってもいる。
 現職の元帥は四人。だが、しかし。

 女性は、クラウド・ナイン元帥ただ一人だ。

 つまり、それが意味する事とは。
 要するにそういう事だ。
 穴が開くほど神田を見つめれば、「お前もか」と言いたげな、うんざりした視線が返された。

「愛さえあれば、性別なんて大した事じゃないわ」

 何故か力強くリナリーが言い放つ。その王道な台詞にクラウド元帥が半笑いでご下問した。

「あるのか? 愛は」
「無いんじゃないですか」
「ほう…………」

 つい、とクラウド元帥が指先を滑らせた。
 その動きに合わせて何処に潜んでいたか、小さな猿が顔を覗かせる。小さな赤いリボンを付けているからメスなんだろうか、とそれが元帥のイノセンスであると知らないエミリアは思う。
 その小猿は主人の肩へと駆け上がり、そして隣の神田へと飛びついた。そのまま襟元から潜り込む。

「!」

 驚いて小猿、クラウド元帥のイノセンスであるラウ・シーミンを取っ捕まえた神田の襟元は見事に乱されていた。
 同時に首筋から胸元へと続く赤い後にミランダとエミリアは全く同じタイミングで口元を覆った。二人とも、それが何か分からない程若くはない。リナリーはそんな事は重々承知、そんな顔で笑うだけだ。

「そんな跡を付けて、そう言うか」

 面白そうに含み笑いするクラウド元帥を、ラウ・シーミンを突き返してから服を直しつつ、神田はジト目で睨みつける。

「…………セクハラですよ」
「それは失敬」
「ク、クロス元帥ってどなた?」
「紅い髪の、大きな男性よ。アレン君のお師匠様の…………」
「ああ!」

 元帥の中では一番格好いい、そう思っていた。
 最もワインを飲んで何やら無理難題を誰かに突きつけてたり、何処から連れてきたのか女の人を側においていたり、兎も角そんな感じのちょっと関わり合いになりたくない人だ。
 教団の美形の人間性は可笑しいのかも知れない、そんな風に思ったことを思い出す。

 ビュンッ!

「「「!」」」

 と、そこに突然、鋭い風切り音が聞こえてきた。何事、と誰もが天井を見上げる。
 そこにいたのは黄色い、

「あら?」
「ティム、」

 アレン・ウォーカーのゴーレムだ。
 何故かご丁寧に口のあたりに赤く、口紅のような物が引かれている。

「どうして口紅…………」
「女人禁制だから気を使ってくれたんじゃない?」
「ゴーレムに性別なんかねぇだろ…………大体何処から持ってきたんだこの紅いの」

 まさか主人の私物か、と神田は失礼極まる想像で勝手にドン引きした。勝手に女装癖持ちに認定されたがアレンが聞いたら冤罪だとさぞや憤慨するだろう。

「どうした?」

 そのティムはその辺にあった紙をモシャモシャして口紅を落としてから、神田の服の袖を咥えた。連れていこうと、懸命に引っ張る。

「ああ…………。呼び出しか」

 師の不機嫌を恐れた主人からか、それとも製作者からの命令か。
 相手などどちらでも良かった。これでこの場所から逃げ出す口実が出来たのだから。

「行くのか? 残念だ」
「次は今日の後の事を教えてね」

 そう残念そうでもないクラウド元帥、そしてリナリーがそれぞれ好き勝手なことを言う。

「断る」

 さらっと拒否した神田が、淡く笑った。
 その笑顔にエミリアは一瞬息が詰まる。
 それだけでこれから彼が向かう先の想像が付くというものだ。

「相変わらず、見せ付ける」

 クラウド元帥の呟きに、彼女は大きく頷いた。



 Tea cake=お茶請け。
 しかし神田のスルースキルが高くなりすぎた…………
 あとさり気無くマリミラが成立してた。


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