俺が東門に辿り着くと、そこではユウがリナリーを庇うようにして(人を庇ってる余裕なんて無いはずなのに!)背の高い、色黒の男と何やら話しているところだった。
「ティキ…………!」
その人物の名を呪い混じりに吐き捨てて、その場へ向かって猛然と駆けつける。
「だからさ…………」
「!」
「ユウ!」
「げ…………保護者殿のお出ましか」
ユウとリナリーは何処かホッとした顔で俺を見、ティキは肩を竦めた。
その肩をがし、と握って自分の方へ引き寄せる。
「…………ティキ。ちょっとあっちで話そうか」
「あいてててフルパワーで握るな! しかも妹達ほっといていいわけ?!」
「…………」
良くない。
だけど、こいつは今すぐ締めないと。
「ラ、ラビ。別にそいつ…………、お前が受けてる講義の部屋、教えてくれるって言っただけで…………」
おずおずと庇うような事を口にするユウに、無言でにーっこりと笑って返す。
ユウは良い子で初心だから、男の下心になんて気が付かないんだろう。そしてそんなユウに付け入ろうとしたこいつをこのまま放置することは出来ない。
だけどユウとリナリーをこの場に置き去りにしてもそれはそれで都合が悪い。でも流石にユウやリナリーの眼前で暴力沙汰はちょっと…………さ。怖がられてしまう。
色んな事を秤に掛けて、俺が出した結論は、
「…………見逃してやるからとっとと失せろ。二度目は無いさ」
ティキにしか聞こえない声量で囁いて、肩を放してやる事だった。ついでに軽く小突いておく。
「いたたた…………おーお、こえーこえー」
ティキはブツブツ言いながら校舎へと足早に向かって行く。
その背中を睨みつけてから、肩を寄せ合うようにして佇むユウとリナリーに笑いかけた。
「大丈夫だった?」
「だから、大丈夫だっつってんだろ?」
「全然大丈夫に見えないさ。さ、コムイんとこ寄ってから帰ろうか」
俺はユウとリナリーを促し、それから周囲を見回してこっちを注視してた野郎共に威嚇してから歩き出した。
キッチンからはいい匂いがする。トントンとリズミカルな包丁の音も。
食事をするテーブルを拭きながら、ふとキャビネットの上に飾られた写真に視線が吸い寄せられた。
…………小さい頃の俺とユウと、俺達の両親の写真。皆笑顔だ。
母さんはびっくりするくらいユウとそっくり(敢えていうなら母さんの方が穏やかな顔をしている。実際穏やかで優しい人だった)で、親父は俺と良く似ていた。全部過去形だ。
母さんも親父も、もう何年も前(俺が中学三年の時だから、もう六年も前だ)に死んでしまった。――――――仕事先から家に戻って来る時に遭った、交通事故で、だった。
遺影の前で土下座して詫びた、相手方のトラックの運転手とその会社の社長のことは、憎んではいないけれど一生許さない。
そして通夜も葬式も全部終わった後に俺の胸に縋って泣きじゃくったユウの顔も、一生忘れられないだろう――――――。
「…………ビ、おいラビ!」
「え? う、ぇあ?」
「…………どういう声だ。お前今日ちょっとおかしいぞ」
声に驚いて振り向くと、そこには鍋を持ったユウがいた。
「ごめんごめん、今ちょっと考えて事しててさ」
「何を?」
「母さん達のこと」
「…………ああ、もうじき月命日だしな」
ユウも視線を写真へと移す。
毎月月命日には必ずお墓参りに行っている。今月は来週の火曜日だ。
哀しそうな顔で写真を見つめるユウの肩を軽く叩いた。
「…………さ、ご飯にしよ? 折角の料理が冷めちゃうさ」
「ああ…………」
体がふわふわと柔らかいものに包まれて暖かい。
ぼんやりとセピア色が掛かった風景に、ああこれ夢だ――――――すぐにそう悟った。
目の前にいる綺麗な女の人は、何度か家に来て食事を作ってくれたお姉さん。
俺はこの時まで、このお姉さんが親父と再婚して母さんになるなんて全然知らなかったから、親父から話されて凄く驚いた記憶がある。「そう」なればいいとは確かに思ってたけど。
俺を産んでくれた本当のお袋は、産後の肥立ちが悪くて死んでしまったから――――――それは俺の所為だと思ったけれどそう言うと親父が凄く怒るから口にはしなかった――――――俺はその顔を写真で見た以外には何も知らない。だから、本当に薄情な話だけれど母さんが出来ることは素直に嬉しかった。
これは結婚が決まってから初めてお姉さん――――――もうじき母さんになる人だ――――――と食事に行った時の事。
『こんにちは、ラビ君』
『…………お姉さん、その子誰?』
俺は、料理よりいつもより綺麗な格好をしているお姉さんより、その足の影に隠れておずおずとこっちを見る小さな女の子の方に視線が釘付けになった。
『あのね、言ってなかったかな…………おばちゃん、子供がいるの。この子が娘のユウ。ラビ君、ユウを妹にしてくれるかな?』
『!』
そんな話はその時初めて聞いた。俺には母さんの他に妹も一緒にできるのかと感動した記憶がある。思わず何度も何度も首を立てに振って、親父とお姉さんに笑われた。
『ラビ、ユウちゃんにまず挨拶しなさい』
『はじめまして!』
『…………、』
『あら…………ユウ、お兄ちゃんにこんにちはって言ってご覧?』
『…………』
お姉さんに促されてもユウは影から出ずに、眉根を八の字に寄せて俺達を見ていた。
『ごめんなさいね、人見知りする子で…………』
『ラビ』
『うん』
親父に促されて、俺はお姉さんの後ろに回り込んでユウのすぐ傍へ行く。
泣きそうなくらいに眉根を寄せて、お姉さんのスカートを強く握りしめたユウに可能な限りの笑顔で笑って、
『こんにちはユウ! 今日から俺が兄ちゃんさ! 一緒に遊ぼ!』
『…………』
『ほら、ユウ。お兄ちゃんが遊んでくれるって』
『…………』
遊ぶ、という言葉に反応してユウはにっこり、と花が咲くみたいに笑った。
それは、俺に妹が出来て、同時に俺の中でユウが一番になった瞬間だった。
ほわほわした暖かい夢の中。もう少し見ていたい気がするけれど、現実世界での可愛い妹が呼んでることだし、そろそろ起きる事にしよう…………。
リクエスト小説ページへ
小説頁へ