2013年バレンタイン 義兄弟パラレルver 前編


「という訳で何時も何時も貰ってばかりではいけないということで僕らも頑張りたいと思います」
「「…………」」

 なんだこれ。
 日頃神田や清掃の雇い人により清潔に保たれていた「筈」の調理台。
 其の上には直にドサドサと茶色の塊が載っている。量は小山程もあり――――――ラビの腰辺りの高さである調理台から、ラビの頭の天辺までの高さがあるのだ――――――、胸を張るアレンの前でただただ俺とラビで小山を見上げるしか無い。

 つーか、何だ、これ。

 いや、何だ、じゃない。
 これだけの量の所為だろう、既に「仄か」じゃないくらいはっきりと甘い香りが漂っている。チョコレートだ。それが存在するのはまぁ分かる、今日という日を思えばだ。
 だけどそれを用意したのがアレンで尚且つこの量。

 …………駄目だ、大惨事の予感しかしねぇ。

 俺とラビは末弟の所業に力無く視線を交わした。
 恐らくはこの後キッチンは壊滅的な被害を受けるだろう。アレンの料理の腕は以前に神田が風邪でダウンした折の「ラベンダー混入お粥事件」で嫌という程思い知らされている。あの時は結局システムキッチンの総入れ替え(それは結果的には神田の使いやすい物に替えられたのだから良かったのだが)、キッチンの床の総張替えという事態を引き起こした。
 原則アレンは神田により、神田不在時にはキッチンではお湯を沸かす以外の行動を一切禁止されている。神田の指示通りに動けばどうにかなるが、その指示が無いとなると途端な行動にばかり出るからだ。

「というわけで、はい、どうぞ」
「…………ナニコレ?」
「何で金槌?」

 一人やる気満々なアレンに、エプロンのポケットから取り出した金槌を手渡されラビは怪訝そうな顔をする。

「何って…………砕くんですよ。僕は手でいいですけど、二人は出来ないでしょう?」

 言いながらアレンは小山からレンガの半分くらいのサイズのチョコの塊を取ると、思い切り握りつぶした。
 …………お前の握力、どうなってんだよ…………。
 握りつぶして粉状(本当にどうなってんだ)になったチョコを鍋に放り込むと、アレンは躊躇いなくコンロの火を最強にして其の上に鍋を置く。

「取り敢えず、溶かす事にします」
「ちょ、ちょい待ちアレン!! 直火は駄目! レンジも駄目ぇぇぇぇ!!!!」

 ラビが悲鳴を上げて止めに入り、俺は止められないことを察知してスマホで「手作りチョコレートの作り方」を調べ始めた。











 家に入るなり甘ったるい匂いがして、一発でタダ事じゃないと理解できた。
 何故ならこの家でキッチンから匂いをさせるような人間はただ一人だが、その一人は今日ティエドールの家に招かれている。もうじき戻るだろうが。
 ユウを除いた三人の顔を思い浮かべ、まあ、最もやらかしそうなのは最もやってはならない息子だろう。そう当たりを付けて、暫く躊躇してからキッチンへ向かった。
 近づくにつれ甘い匂いの中に焦げ臭さが混ざっているのに嫌でも気付く。…………またキッチンを入れ替える必要がありそうだ。

「…………何をやっている、ガキ共」

 中には三人。だが内二人は椅子に凭れたピクリとも動かない。

「主犯はお前なのか?」
「んな訳ねーさ」

 言いながら、唯一まともに立っていたラビが振り向いた。明らかに元の鍋肌とは違う色になっている鍋を持っている。

「完全にアレンの思いつき」
「だろうな。…………なんだその鍋」
「止めろっつってのにアレンがチョコ直火に掛けて…………お陰でこんなん。この鍋、ユウのお気に入りだからどうにかならんかなと思ってたんだけど」
「後で何処のメーカーのか聞き出せ。買い換える」
「了解。あ、因みにそこ二人はチョコに当たっただけだからほっといていーさ」

 相変わらずティキとアレンは動かない。

「失敗したものは渡せないからって、無理矢理食ってこのザマさー。ティキはこんなのユウには食わせられないっつって頑張って食ったら当たったみたい。何が入ってたんだが」
「成程。毒物もどきをユウに与えまいとした根性だけは買ってやるとしよう。其の割にお前は平気そうなツラだな」
「途中で失敗しまくったせいでチョコ足りなくなったから買って来いって、お使いに出されてた間に二人が食ってんだもん。どうしようもないさぁ」

 運良く難を逃れた形のラビが肩を竦めた。
 そのあとぐるりとキッチンを見回して、

「でもどっちにしろ今日の夕飯諦めた方がいいかもさ…………こんなんだし」
 
 諦めたように溜息だ。確かにシステムキッチンの至る所に茶から黒の染みが出来ている。
 機能自体には問題は無さそうだが、入れ替えるか清掃を呼ぶかはユウの判断に任せる事とする。
 面倒事を増やしやがって、と動かない白い頭を眺めている内に玄関の方から物音がした。
 リビングに戻ると、入ってきたユウと目が合う。

「ただいま戻りました」
「あぁ」

 コートを小脇に抱えたユウは、甘い香り漂う事にだろう、キッチンを訝しげな表情で眺めやる。

「お前の精神衛生を考えると、入らない方がいい」
「…………何があったんですか」
「アレンがまたやらかした」
「…………」

 ユウは些かうんざりした顔で天井を仰いだ。


<続>




 アレンは自分が料理下手くそっていう自覚があんまりない。