「おい、アレン。お前、来月の頭に結婚な」
「はい?」

 僕の師匠兼現・養父にして最凶最悪の銃士にしてこの国で唯一「His Majesty」(陛下)と呼ばれ得る、ようするにこの北の大国の現国王陛下は、今日も玉座に踏ん反り返りながらその御前にて頭を垂れる僕に向かって突然そんな事を言った。
 思わず顔を上げてしまったのは仕方ないだろう。

「けっこん? 血痕ですか?」
「阿呆。んな訳ねぇだろ」

 すぱー。
 …………師匠の煙草の煙が此処まで漂ってくる。
 謁見の間で煙草吸うの、やめてくれませんかね…………毎日毎日、ヤニ掃除の女官の人たちが、気の毒でしょうがないんですから。

「いや分かってますよ、結婚ですよね結婚。Marriageですよね」
「分かってんじゃねぇか。んじゃそういう事で準備しとけ」
「いやいやいや待ってくださいって師匠。一体何処の誰となんですか」

 そりゃ僕だってこの国で唯一「His Royal Highness」(殿下)と呼ばれる、この国唯一の王位継承者だったりするんだからそれは勿論結婚が僕のものであろうが僕の意思で決まるはずが無く、師匠の考えと気まぐれ(比率2:8位)によるのはまぁしょうがない。
 しかし来月まであと二週間を切る様なこのタイミングで当事者が知るってのはいくらなんでも酷すぎませんか、師匠。

「ああ、相手か。心配すんな、ちゃんと美人って噂の奴を選んだぞ」
「…………。」

 噂、ですか。うわぁ当てにならないその甘美な響き…………。
 見兼ねたのか、国務大臣が師匠に発言の許しを請ってから僕に向かって説明してくれた。

「恐れながら申し上げます。殿下のお妃様にと陛下がお選びになられましたのは、東の国の六の姫宮、神田ユウ様と申されるお方にございます。御歳は十八、東の国の中でも指折りのお美しさだというお話で、国内外の王侯貴族の皆様より求婚が絶えなかった程だとか…………


「…………はー、」

 其れは少しは期待してもいいって事なのかな?

「但し、そいつとの結婚には条件を付けられた」

 僕が僅かな希望を胸に灯した瞬間、師匠がそんな事を言った。

「条件?」
「ああ。もとよりこっちから申し込んだ結婚だ。まぁしょうがない」
「はあ…………」
 
 そりゃ東の国といえば、この世界の何処よりも古くからある、小国の島国ながらも此れまでの長い歴史に一度たりとも他国に降った事の無い格式と伝統に飾られた国だ。こんなちゃらんぽらんな国王の治める新興国家の、しかも現王とは殆ど血の繋がらない(遠い遠い遠縁ではあるらしい。ほぼ他人クラスだけど)僕に嫁いできてくれるというならそれはそれ相応のモノが要求されるだろう。お金とか、領地とか、あああそこは島国だから海域の支配権かな? 或いは関税の優遇、その他上げれば色々ありそうだ。

「…………輿入れについては、応。此方の王宮に住まいを移すことも、応。王太子妃としての責務公務を果たすことにも、応。…………しかしながら王太子の閨に入ることは、これは否…………と」
「…………え?」

 それって、つまり…………

「良いだろう、アレン。側室持ち放題を新婚早々容認するような嫁は、中々いない」

 …………ニヤニヤ笑う師匠を張っ倒したくなったのは、言うまでもない。





 嫌だと反抗する間も無く、その日…………僕と東の姫宮様との結婚式の日だ…………が来てしまった。
 反抗しようが抵抗しようがとっくの昔に各国の王族や政治家やらには式の招待状なんかが配られていたんだから今更覆せるわけが無かったんだけど。
 …………何が嫌って、なんでそんなバリバリ政略結婚みたいな真似をしなきゃならないんだ、って事だ。

 東の国の姫宮様が出してきた条件とは、自分自身を揚名の妻とするなら、ということ。
 …………何で、そんな…………。 

「…………はぁ、」

 控えの間で婚礼衣装に着替え、姫宮様の到着を待っている僕はそわそわしっ放しだ。
 もう婚礼を挙げる聖堂には隣国同盟国の王族や高官やらの人々が集まっている。
 
 僕は今日何度目になるか分からない溜息を付いてから、再度外を見た。
 ――――――そしてそこに、行列の先導らしき人影を見つけて、ああ、いよいよなのか、と悟った――――――。




 謁見の間に現れた姫宮様とその一行の前に、僕も呼ばれた。
 直ぐ横に侍女二人を従えた姫宮様は薄い被り布を被っていたから、その顔は分からない。

「東の姫君、遠路遥々ようこそ我が国へ」

 まずは師匠がそんな事を言って姫宮様を労った。
 …………海の向こうの東の国から来て疲れているのだろうに(ましてや深窓のお姫様なのだから)、そのまま婚儀を挙げさせるのが師匠らしい鬼っぷりだ。
 
「…………お初にお目に掛かります、国王陛下。東より参りました神田ユウと申します…………」

 疲れているのだろう、姫宮様の声は少し枯れ気味だ。
 
「アレン、姫君をお連れしろ」

 何処へ? と思わず顔に出してしまった僕は師匠に盛大な溜息をつかれた。

「客の前に決まってるだろ、阿呆。この婚儀、何の為にあると思っている」

 …………勿論周辺各国へのお披露目の為だ。
 断じて、絶対、僕らの為の結婚式なんてもんじゃない。
 僕は謁見の間の階段の途中――――――位置としては師匠と姫宮様との間だ――――――から、階下の姫宮様の下へと降りた。

「…………大丈夫ですか? お疲れでしょうけど、これが終わったら御休み頂けますから、もう少しだけ我慢してください」
「…………」

 姫宮様は、こくり、と頷いた。

「それから、ご挨拶が遅れました。僕はアレン・ウォーカー。この国の王太子…………貴方の夫になる者です」
「…………」

 無言。
 …………うん、やりにくい。 
 だけどそりゃそうだろう、初めて顔を合わせた相手と結婚なんて言われれば女性なら黙りこみたくもなるだろうから。

「お手をどうぞ、姫宮様」

 強引にならないよう細心の注意を払いながら姫宮様の手を取る。
 先導が開いた扉から踏み出して、僕らは見世物になる為にその聖堂へ向かった。


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