本人達は置き去りの中々茶番チックな結婚式を終え、僕は聖堂から逃げ出しほっ、と溜息をついた。
 これから先は各国来賓への歓迎会を兼ねたパーティーで、これにも出なきゃいけないのかと思っていた僕は師匠に「早く行け」と手で追い払われた。
 …………姫宮様は、先に連れて行かれたらしい。

 花を撒かれた階段を上って、僕は寝室に向かう。…………初夜、って言ったって特に何かするわけじゃないんだけど。

 上りきった先の部屋の前には姫宮様が連れてきた侍女が一人と此処の城仕えの女官が一人ずつ。
 僕の姿を見て、二人がかりで粛々とドアを開いてくれた。

「ありがとう」

 僕はそう軽くお礼を言って、部屋の中に入る。
 ――――――背後で、パタン、とドアが閉まった。








「…………姫宮様?」

 いくつかの蝋燭だけが明かりの薄暗い部屋の中。
 僕の声に薄暗い中でも分かる程ビクリ、と肩を揺らしたその人は、婚礼衣装から夜着に着替えてこそいたけれど、ベッドに入る訳でもなく、そして椅子に座るでもなく――――――部屋の隅、窓の直ぐ傍で立ち尽くしていた。

「あの。…………外をご覧なんですか?」

 …………窓の外は曇っている所為で月明かりすらない、真っ暗な庭だ。
 そんな馬鹿な、そう思いながら僕は尚重ねて声を掛ける。
 ――――――振り向いたその人は、ゆるゆると首を振った。
 そしてそこで僕は、姫宮様が何かを抱いている事に気が付いた。

 それは、一振りの剣だった。

「――――――…………」

 まさかそれが東の流儀? いや聞いた事無いけれど。

「あの?」
「――――――っ」

 僕が一歩踏み出すと、同じ距離だけ相手が下がった。
 …………そして、気が付いた。

 その人の肩が、小刻みに震えていることに。

 ――――――ああ、そうか。そういう事か。

「…………姫宮様。そんなに怖がらないで下さい」

 輿入れの条件。

「貴方に無理強いをするつもりはありません。結婚の条件は呑んでいますし、知っています」

 閨は共にしない、名目だけの――――――婚姻。

「何もしませんから…………だから、怯えないで」

 言いながら僕はゆっくり近づいた。
 ―――――――目の前の人の腕に力が篭り、剣をよりきつく抱き締めたのが分かる。
 
 …………信用無いなぁ。
 それは、会ったばかりの、多分だけど名前も知らなかった人間を信用しろって言う方が無理なんだけど。

 近寄ってみると、随分背が高い事に気が付いた。こっちの女性なら分かるけれど、東の人々は小柄だと聞いていたのに…………必ずしもそうでもないらしい。
 そして、言葉を続けようとした瞬間。

「―――――――!」

 雲が途切れたんだろう。窓から差し込む月光に照らされて、目の前の人の貌が露になった。
 伏せた黒目がちの切れ長の瞳。整った鼻梁に、紅を刷いてあるのかそのままなのか、紅い唇。
 言葉の続きを忘れて、思わず目を奪われた。

 ―――――――だけどそんな僕の視線に気付いたのか、またその人はじり、と後退る。
  
「あっ…………ご、ごめんなさい、ジロジロ見て。不躾でした」

 慌てて詫びてからその人の手を取ると、ぴくん、と一瞬手が動いた。
 …………まるで氷のように冷え切っている。そんなに緊張していたんだろうか?
 

「お疲れでしょう? 休んでください。…………僕が隣では落ち着けないようでしたら、僕はソファーででも寝ますから」

 本当は僕が出て行くのが一番気が休まるんだろうけれど、この結婚の条件を公にしていない以上、新婚早々新郎が新妻の部屋から夜明けも待たずに出てくるのは大分外聞が悪い。一応この辺の仕来りでは、最低式から三晩は寝所を同じくするようになっている。
 嘘でも三晩過ごさなくては。―――――――そうすればあとは勝手に周りが色々想像してくれるから。
 
 彼女の手を取って、ベッドの傍へと誘導する。内側へと導いてから、天蓋のレースに手を掛けた。
 
「…………では、お休みなさい」

 安心させる為にも微笑んで、それを下ろす。
 僕はその足で部屋のベッドがある方とは反対側の方へ行き、そこのソファーに寝転がった。
 
 …………掛ける物が欲しいなぁ…………。

 下ろしたレースの内側で、姫宮様が少し動いているのが分かった。
 その内ベッドの中に入ったのか、動きが無くなる。
 それを見届けてから、僕は目を閉じた―――――――。


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