――――――僕らの婚儀から、半年が経った。
蜜月と言える時期も過ぎ、新たな主の出現にも王宮も慣れ、穏かに収まっている。
国も平らに治まっている今は、全く持って平穏無事。
正妃を迎えたことにより正式に成人として認められた僕には、公務が多く回ってくるようになった。その多くが師匠が放り出したもの、っていう所が涙を誘うけれど。
同時に聞こえるようになるのは、世継ぎを求める周囲の声。
「…………、ふう」
幾らなんでも早すぎはしないか――――――と思わなくも無いけれどそれもまた王族の務めでもある。
だけど。
そんな声を聞くたびに思い出すのが、彼女との婚姻の条件。
師匠が承認している以上それはこの北の国と東の国の正式な契約に他ならない。
一体どうするつもりか、などは聞くまでも無かった。
「…………」
執務の合間。
休憩がてら、手元の紙を見やる。
一つは、女性の名前、年齢、爵位、家柄、人柄、学歴、家族構成、友人関係…………個人情報を書き連ねた紙。何れも15〜20歳の若い女性であり、そして全て侯爵家以上の爵位を持つ家のご令嬢だ。
それ以外は、その彼女らの肖像画。こういった時の肖像画程宛にならないものは無い。というかまぁ、顔で選ぶ訳でもなし。別に必要性も感じなかった。
彼女との婚姻の条件は、公にはされていない。
だけど現実としてその条件が存在する以上、こういう事になるのは簡単に予想がついた。
これは、僕の寵妃候補の女性達だ。いや、師匠が何人も侍らしている様な単純な意味での寵妃じゃなくて確実に次代の王子の母親となる女性。貴族の女性ばかりなのは、次代の母親としての身分が必要だから。
国の上層部が選抜に慎重になるのも当然だ。
本来、寵妃を選ぶのに此処までやる事は余り無い。そもそも、正妃に遠慮する。
だけど今回、このリストの作成に当たって、全面的な協力を国の担当者に要請したのは他ならぬ僕の妻である筈の姫宮様だ。
『殿下には於かれましては、是非次代王太子殿下の母君に相応しき女性をお選びになられますよう。必要があらば、何なりとご助力致しましょう』
姫宮様からのお手紙には一瞬眩暈を感じた。妻妾同居よりも尚爛れた関係のような気すらしてくる。
『美しいだけの女は止めておけ。次代の母親だ。其処の所を良く考えろ』
…………貴方にだけは言われたくありません、と師匠にこの紙を渡されたとき、そう思った。師匠が子供を持ってくれれば僕はこんな苦労をせずにすんだのに、と過ぎた恨み言すらふと思いつく。
「でも…………良く此処まで調べ上げたよな…………」
恨み言はともかく、ある意味で感嘆してしまう。
此処にリストアップされた令嬢本人の同意を得てなければ軽く犯罪レベルだ。
選定までには時間がまだあるとはいえ、それを見ることに疲れてその紙を机の引き出しに仕舞った。
――――――目を閉じると思い出すのは、今朝も見た、あの人の姿。
今は離宮の私室で公務についていらっしゃる筈だ。そろそろ、国内の施設や都市への訪問を始めるとも聞いている。
「子供も産まなかった癖に」と蔑ろにされないように国民に姿を見せて国の為に働き王太子妃としての存在をアピールしている訳だけど、案外に舵取りは難しい。姫宮様への好感度が高くなりすぎれば今度は僕が迎える寵妃への反発を買う。それはひいては何時か生まれる子供への好感度にも影響するし、国の安定の為に良くない。国内外への円満PRも楽じゃない。
「参ったな…………」
分かってる。
全ては国の為だ。
必ず、次代を担う王子女は必要になる。
そして彼女はその母には成り得ない。そういう契約だから。
…………分かっている。
諦めなきゃいけない、って事は。
国の為の婚姻をした僕なんだから、この胸の内の想いを消す事なんて、多分きっと、造作も無いだろう――――――。
「…………姫様」
「…………」
「殿下におかれましては、側室候補の選定を始められたご様子です。その件で、侯爵家より使いが来ておりますが如何なさいましょう。側室選定へのお口添えを頂きたいとの事ですが」
「…………」
「畏まりました。では、そのようにお断りいたします。…………荷を持ってきているようですが…………」
「…………」
「はい、ではそのように。何も受け取らず、使いの方はお帰りいただきます。…………はい、ええ。そのように致します」
「…………」
「姫様。窓際はお体を冷やします。どうかもっと中のほうへ…………」
「…………」
「こちらの国は冷えますね」
「…………」
「…………ええ。問題ございません。誰一人、疑うような者はおりません」
「…………」
「はい。私は、姫様と共に――――――」
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